すぐ傍にあるしあわせ
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何気ない感想とともに綴ります。


私の住む街は、大阪市内の住宅/商業の混在地です。
家の周りは一戸建ての多い住宅地ですが、少し行くと国道と商店の並ぶ下町です。

通勤駅までの道に、国道があります。
その、早朝の道の「顔」も、30分刻みで随分と変わるものです。


5:00 物流トラックが多いですね。 人はまばら、たまにランニングの人が。

5:30 通勤の人がチラホラ。 
魚屋さんや、八百屋さんは店先で準備をしています。早いですね。

6:00 だんだんと人っ気が多くなります。 店先のお掃除も。
電気やガス検針のおばちゃんもいますね。

6:30 もう学生さんや、通勤の人が多く見えます。

7:00 バンやワゴンがよく走っていますね。職人さんたちが現場へ向かっています。

7:30 支援学校のバス待ちの親子がチラホラ。 今日も皆さん元気そうです(^◇^)
お母さんに連れられた、あるお嬢ちゃん (たぶん、ダウン症かな?) 
めちゃニコニコ、 めちゃカワイイ!  私、「行ってらっしゃーい」と手を振りました。

8:00 もう自転車の学生さんがいっぱい。みんな「エンジン」がかかっています。


私はこの時間レンジの中で通勤(家を出る)わけですが、
その時間帯によって「街の顔」の変化が、とても面白いですね。


KIMG0251.jpg
街角で。



-----さて、
そんな表情の我が街をでて、

私は、とある私鉄を使って移動していました。


実は、通勤時間帯に幼児連れの母子が電車に乗っていることは珍しく、
私はたまたま、その親子の前に立って乗っていました。
たぶん、1~2歳ぐらいかな? 小さなパンを食べていました。

いつものように、
私は「ニコニコ・ビーム」を発射!  (不審なオッサンだな、こりゃ・笑)
目が合ったとき、お子はハニカンデいます。 (そりゃそうだろな)

食べ終わった頃、駅に着きます。
親子が立ち上がったとき、若干まだ電車が動いています。

「あ、」
お子が少しよろけ、床に手を付きました。
私はとっさに起こし抱える手が出ました。
すると、
お子は私の手を握ってきました。

ああ、ママかパパと間違えたのかな?
ママさんが、笑いながら 「あ、間違ったのー」って(笑)
ニコリとしながら軽く会釈。
私もニコリ。

たぶん、だけど
子どものいる「パパ」って、それなりのオーラがあるんだって、
うちの嫁さんも言ってたっけ。


微笑ましい一コマが、
朝の私の 「栄養ドリンク」… いや、「100%天然果汁ジュース」となってくれました。

なんか、幼い頃の娘を思い出しました。
カワイイなぁ。。。


わが子が学生になり、
「子育て」も ひと段落した感もあって、
なんだか、無性に「懐かしい」わけです。





ふぅ~、
仕事を終えて家路につき、
また何気ない我が家の日常のひとコマがそこにあります。

懐かしい幼い頃の、我が子の姿を思い出していたそのアタマん中を、切り替えできずにいた私。
家に着くなり、
娘を見て一言。

『 あ、 でか。 』 (大きい)


※べつに太っているわけではありません。
彼女の名誉のために言っておきます(笑)




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(11.18予約投稿)


【2016/11/18 11:18】 | ◇日々徒然
|
過日、職場の後輩が退職しました。

私と同じ、中途入社の妻帯者。
仮に「A君」とします。

以前から職場への不満を聞いてはいたのですが、
業務上のトラブルがとうとう引き金となってしまいました。

思えば、彼が入社した頃、
私も他人事とは思えず、
同じく転職したての4人を加え、5人に向かってこう言いました。

『これからってタイミングで、変な言い方ですまないけど、
もし、もし…だけどね、
どうしようもなくなって辞めようと思ったとき、
いの一番に、僕に話を聞かせてほしい。』

と言いました。

転職でいろんな辛いことを経験してきたつもりなので、
リアルなもの言いになったけど、本心でした。

ちょっと面食らったかな?と思ったけど、
5人は、それまでの不安が晴れたかのような表情で、元気に「ハイ」と言ってくれた。


中途採用の、社会人経験のある5人なので、
真剣に導入教育に励んでいました。
私の入社の頃を思い出しました。

甘やかしはしませんでしたが、よく話を聞き、『女房子供のために一緒に頑張ろう』と、エールとともに
職場で「泳ぐ術」をアドバイスもしたものです。

なぜかしら、あの時の言葉に感動してくれ(笑)、
以降、彼らは私を慕ってくれました。
とくにA君は、私の同僚からも 『 あいつ、宮部をリスペクトしとるなぁ』 と言われてしまう始末。

とまぁ書いてしまえば、気恥ずかしいのですが
べつに私は出来のいい先輩でも上司でもないので、
なんだかちょっと、そこらへんが痒くなりそうでした(汗)
まぁ、頑張ってほしいという思いは真剣でしたけど。



----それから日々は流れ、
私は転勤となり、彼らの仕事ぶりに、じかに接することはなくなりましたが、
同じ部でしたので、何かと会う機会もありました。

実はあまりよくない評判もあったのは正直な話。
少し、気にはなっていましたが
なにぶん、離れていますので、できる事とできない事があったのは事実です。

ほどなくして例の現場トラブル。
まさか、A君が関与しているとは思ってもみませんでした。
当事者ではありませんでしたが、かなり責任も負うていたようです。
事後のミーテングに参加し、事の次第を聞くこととなりましたが、
かなり荒れたものとなりました。

しかし、拠点の違う離れた状況。
打つ手も少なく、
残念な結果が待っていました。



ある休日、A君からの一本の電話。

『退職します。
その前に、先ず宮部さんに言いたくて…』
『もう、決めたんか?』
『はい…』

そんな始まりでした。
一時間ほどの長話となりました。


せっかく技能資格なども修得してきたわけですし、
なくてはならない人材だということは、会社も同僚もわかっています。
理解している仲間がいる限り、いつかは「あんな日もあったね」となると思います。
そういった、ごくありふれた話もしつつ、
説得というよりも、彼なりの「怒り」を一つ一つ聞きながら、
ほぐしてゆきました。

残念な結果です。


私はここ(ブログ)で、 「イイ先輩」を演じようとは思いません。 そういうブログではないので…。
ただ、赤裸々に、
「何の力もなかった」 というご報告にすぎません。


『もし、もし…だけどね、
どうしようもなくなって辞めようと思ったとき、
いの一番に、僕に話を聞かせてほしい。』

そんな、偉そうな励ましをしたあの日の言葉も、
今は虚しく、
こうした結果を迎えることとなりました。


この本人の決断が、よい結果として未来を生むものなのか、
それとも悪い将来を迎えてしまうのか、
私にはわかりません。

世の中を見渡せば、
そう簡単なものではないのは分ります。

電話の向こう、彼の明るい「自信」が本当のものなのか、
それとも、心配させまいとした姿なのか、それもわかりません。


思いおこせば、
あの、「トラブル」を聞いたとき、
A君を預かる、私の同期に

『もし、そっちがよければ、俺ん所で預かるよ』

そう、伝えたのですが叶わず、
手の届かぬまま、この日を迎えました。
もっと、強くそうはたらいていたなれば…と思いつつも、
人事にはそう易々と介入はできません。

これも、そうなる運命(さだめ)だったのでしょうか。
人の一生はわかりません。
「その人」によくても、「この人」にとってどうか?なんて、当てはまるとは限らないものです。


私は、彼(A君)が、あの5人の中で、とくに
ある意味、とても「不器用な男」だと感じておりました。

それは、
私に似ている部分があると、感じたからです。

『彼を 〝セーブ″させるのは俺しかいないかも?』
…そうとも感じていました。



ほろ苦い、1ページとなりました。



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【2016/11/04 00:20】 | ◇日々徒然
|
(2016.5.4初稿 ~ 加筆、再掲)

..............................................

筋電義手とは? ←クリック (Wikipedia)

※日本では障害者自立支援法の対象外。

..............................................



■Twitterを通じて

関西ローカル番組で特集がありました。
今回は、その番組を見ての後追いブログ記事。

既に、拙Twitterで投じてきました。
Twitterを通じ、思いもよらぬいろんな方と意見を交わせ、そして拡散します。
世論喚起といえば大袈裟となりますが、
Twitterのチカラを借りながら
議員や政党支持者を通じて、さらなる関心をたかめてほしいと願うばかりです。

Twitterは文字数に限りがあるものの、要点を凝縮し、言いたいことは既に以下のTweetのとおり。
だけど、どうしても言い足りないことを自分のブログで補足しました。
なお、願わくばTwitterアカウントをお持ちの方は、ぜひ関心の広がりにご協力を賜れば幸いです。





身体の部位が欠損した障がいをお持ちの方もさまざまです。
その中で、最新技術の発展で、機械のチカラによって「本来機能を補う」ことが可能となっている分野が出てきました。
その中のひとつ、筋電義手。

冒頭のWikipediaの解説にもあるように、実は日本におけるこの分野の広がりは以外に小さく、
待っているお子たちが本当に多いということを知りました。

最先端の技術の発展自体は素晴らしい。
でも、それが多くの(とくに)お子たちのところに届くまでは、
技術以上に、 「行政の隙間」が、大きな壁を作っているということを知りました。

今、問題になっているのが… というか、
問題にすらなっていないことが問題であって、
そのために、 「ここが問題だ」 ということを、広く知らしめたい のが、番組を見た私の思いです。





■ささやかな願い、切なる願い

障がいの子どもを授かった多くの親御さんには、いつも頭が下がる思い。
自責の念に苛まれ、悲しいでいる時間よりも、
その子の自立を願い、厳しく、甘やかすことなく接する姿が、余計に涙を誘う。

物心付いた頃に、自分の「人と違った部分」に気付く。
やがて、 「出来ないこと」に気付くわけです。

『グーばかりじゃなく、パーのお手手がほしい』

こうした表現の中に、どれだけの思いが詰まっているか、
想像しただけで、同じ親(目線)として、胸が張り裂けるぐらいの思いがよぎりました。

ただ、この「機械の手」があったからといって、全てが「生えてきた手」になるわけではありません。
でも、この「パー」に込めた思いの大きさに、せめてもの救いを、私たち大人は叶えてあげたいのです。





番組の後段、
こんどは、同じ障がいをお持ちの女の子。
彼女が、今回番組の“主人公”の男の子がつける筋電義手を、興味深く眺める姿に胸が詰まりました。
「興味深く」というより、「うらやましそうに」している…というのが、気持ちをよくあらわしているように思いました。

その女の子はピアノが大好きだそうで、器用に“6本の指”で弾いています。
右5本、左1本…指というより肘です。
何より、ご本人が「大好き」なピアノです。
それが健常者のように弾くことができない、つまり同じ「スタート」にも立てないことが、どれほどの悲しみ、辛さか。
ただ、この筋電義手があっても無理なのは事実です。
でも、切ない思いをほんの少しでも叶えてあげたい----。

私にはとても他人事のようには思えないのです。


しかし-----

ここからだよ、 もっとも大事なことは。



■届かぬ行政の隙間



さて----

「(医療)行政の隙間」 とは何でしょう? 

それは、たしかに「筋電義手」は保険適用です。
義手が多くの障がいをお持ちの方に役に立ち、けれども高額ゆえに大きな負担になる。
そこへ公費によって補助して差し上げたいという着眼点は素晴らしい。

が、従来の発想では「そこまで」なのです。

そこまでたどり着く条件が、現在「法の隙間」になっているのです。


その中身はTweetにあるとおり。
せっかくの筋電義手、素晴らしい技術です。
そしてこの高額な義手(約150万円するそうです)が、なんと健康保険適用で、最大自己負担が約4万円だそうです。

しかし---
このせっかくの保険適用に「条件」がつくのです。


筋電義手を使いこなすには特別な訓練が必要で、
その訓練機関(施設)において約3年ほどかかるそうです。
その3年の訓練を経て、やっと使いこなすことができます。
そこで医師による、『(筋電義手を)使いこなせていますよ』という、この“お墨付き”が必要なのです。
医師の認定によって初めて「保険適用」となります。

しかし、訓練に関わる費用については、
訓練用義手の使用等の経費も含め、3年間で約300万円もかかるのです。
この部分が保険の適用ができないそうです。


これが法の隙間。
せっかくの筋電義手の保険適用に関し、医師のお墨付きまで必要なプロセスがありながら、
その必要不可欠なプロセスに対し、何の公的支援、補助がないとは納得がゆきません。



■届かぬ行政の隙間を、どうか政治の力で埋めてほしい

医療行政の隙間や盲点を、どうか政治の力で埋めてほしい。
良識ある政治家が、縁の下の力持ちで前進させた功績は多々あります。
これまでもそうであったように、これらに光を。

今回のこの問題に対し、
先ずは「こういう矛盾が存在する」という事に政治が気づいていただき、
そして手を打っていただく。

政治の出番です。
「お願いする」じゃなく、
「やってもらわないと困る」んです。
そして、そのためには
私たちが声をあげてゆかねばなりません。

昨今、大流行(はやり)のデモや、ミエミエのパフォーマンスよりも
もっともっと時間を有効に使ってほしい。

もっと光をあてなければいけないことは山積しています。
それは現場に立たないと見えません。
「足元」で苦しんでいる人に気付く「アンテナ」を張ってほしい。







明日はきっといい日になる----

否、 いい日にしなければいけない。


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【2016/10/16 10:10】 | ◇くらしをまもる行政・政治への関心
|
ブログ村の皆さま、 まいど 『お邪魔しまん~、にゃわ』 でございます。

愛すべきキャラ、吉本新喜劇の井上竜夫こと「竜爺」が、
ほんとうに「三途の川」を渡ってしまいました。



土曜日のお昼すぎ、関西地方にとって「吉本新喜劇」の放送は
ずっと「あるのが自然」な状態です。

いつも同じギャグですが、「そろそろ来るぞ」との期待に、ちゃんと応えてくれます。
各キャラの、登場のシーンにも個性豊かで、
よくある定番は、

客 『邪魔すんでー』
  
主 『邪魔するんやったら、帰ってんかー』 
   
客 『あいよー』
客(ノリツッコミ) 『なんでやねん』



これは若手もベテランも混じって、よくやってくれます。

小学生もサラリーマンも真似をし、
突然に振ると、必ず返す…。  (ホンマにやります・笑)
もはや関西人の「証し」でしょう。


ベテラン勢は昔から自分ネタを持っています。

桑原和夫は、

『ごめんください。 どなたですか。 〇×△☆×△のカズちゃんです。
(ここで一人アドリブひとり会話が延々と続く)
お入りください。 ありがとう。』


そして、周りが ドテっとコケる。 (ここでコケないといけません。)


そんな中、
竜爺も、

お邪魔しまん~、にゃわ』 と登場し、 周りが ガクっとコケる…。

わかっていても、楽しい。
そんな吉本新喜劇の楽しい定番に、関西のお昼のひと時を、ほっこり幸せに導いてくれました。





さて、 大雑把に「吉本新喜劇」を解説します。

吉本新喜劇には数人の座長がいて、その座長を中心に舞台のローテーションが組まれています。

シゲ爺キャラの辻本茂雄、
毒舌奇才の小藪千豊、
KPP(顔パンパン)の川端泰史、
オトボケキャラの内場勝則
そして、今もっともホットな「すち子」キャラのすっちー。
多彩な面々です。

ひとりの座長が主宰する番に、
とくに固定メンバーというわけではありませんが、ある程度のおなじみメンバーで構成される場合が多いようです。

婆さんキャラの桑原和夫、 
ちっちゃいオッサン、池乃めだか、
「すんまへんアニキ!」で再ブレイクの島田一の介。
藍ちゃんこと、酒井藍のボケ/ツッコミにわたるトークは、今までの「いじられ女の子」の枠を超えた存在。
吉田裕の「乳首ドリルすな」「わーお、来えへんのかーい」の、すっちーとの絡みは一世を風靡(関西限定)をしました。
けんじ君こと清水けんじは、今や舞台の仕切りに欠かせない存在。
ボケボケじじいキャラの中川貴志に、けんじ君のイラつき熱演がたまりません(笑)
烏川も、諸見里も、ギターの松浦も頑張っています。
ベテラン脇役のポット帯谷孝史、全身グリーンの中条健一、死にかけキャラのMr.オクレ。
挙げたらきりがないのですが、みんな大ファンです。

その個性豊かな面々のなかにあって、欠かせない存在が竜爺でした。


その竜爺、
たまに警官の役をやります。
普通では考えられない「老人警官」です。

何かを言いかけます。
『え~、あ~』
かなかか要件を言い出しません。
周囲は、じっと我慢して聴き入っています。

まだ喋りません。
『あ~、 そうそう。 うん、そうかそうか』

まだ、話の中身が見えません。
自分で頷くばかり。

『はっはっはっは』
たまに笑います。
でも、何の事やら周囲はわかりません。

そのうち、だんだんと静かになりだします。
眠るように…
うとうと、と。

で、ほんとうに眠り出してしまいます。 しかも立ったまま(笑)

ついに、周囲が 『寝とんのかい!』と、竜爺巡査の頭を引っ叩きます。

はっと「我」に返った竜爺巡査は
ここで名セリフ、『三途の川が~ (見えた)』 とボケるのです。


ああ、この絡みも
もう見納めとなると、ほんとうに悲しいです。





関西、
とりわけ「大阪」の、明るい庶民性(もはや文化)をつくりに、ひと役もふた役もかってきた吉本新喜劇。
その静かな脇役、
けれども欠かせないベテラン脇役が今、
彼のギャグのひとつ、 『三途の川が~』 のとおり、
ほんとうに「三途の川」を渡る日がきたのです。

悲しいけれど、どこが思い出すたびに笑ってしまう…。

ありがとう、竜爺。


ご冥福をお祈りいたします。




※関連記事

後輩芸人が明かした井上竜夫さん“新聞秘話”





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【2016/10/08 13:00】 | ◇日々徒然
|
(9/12初稿掲載の解答付き新規記事です。)


パラリンピックの熱戦に感動しましたね。

さて今回は、
目のご不自由な方の「人権」を尊重するいう視点で、ひとつ考えてみましょう。

これは「人権」のケーススタディです。


Q:例えば貴方は、夜景の素晴らしいレストランの店員だったとします。

ある日、目の不自由な方が店を訪れました。
さて、貴方がどちらの席をご案内しますか?



①目がご不自由であっても、お客様もきっと美しい夜景が観たいに違いない。 
だから、店員のいる場所からは少し離れているが、奥の窓際の、夜景がよく見える席をご案内した。

②何かあっては大変だ。 だから私たち店員がいつでも目が行き届き、お客様からの声も届く、
できるだけ近くの席をご案内した。

③その他。



では、 しばしお考えください。

考え方は人それぞれだと思います。
しかし、今回は最初に申しましたとおり、「人権」のケーススタディです。
したがいまして、「正しい」答えがあります。



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答えはコチラ。


....................................................


【正解】  ③その他   『お客様ご自身で選んでいただく。』


大切なことは、「自分で決める」 といったこと。


どうでしたか?


もし、「介護」に似た着眼点であったなら、②かもしれない…。

また、①を選んだ人は、「健常者と同等に扱っている」という視点がある…。

たしかにどちらも大切なことではありますが、
でも、ややフライング気味といえます。


でも、設問でも申し上げたように、 「人権」とは何か?を考えたとき、
普通に我々があらゆる場面で「選ぶ」ことのできる権利が、
同様に、どんなハンディキャップのある人にも備わっている とうこと。

「ハンディキャップがおありなんだから、こうだろう」…

こういう思い込み が、知らず知らずのうちに、
人権という大切な視点(機会)を奪ってるやもしれない…

くれぐれも気をつけたいものですね。


ただ、勘違いしないでほしい。
選ばせておいて、放置ではありません。


ハンディキャップを支えて差し上げる行為は、周囲の当然の「前提」です。
その上で、
勝手に我々が「こうじゃないかな?」と思って「押し付ける善意」ではなく、
先ずは「どうされたいのか? 」があって、
次に、そ・の・た・め・に、「どこが(何が)お困りなのか」を、支えて差し上げるのです。

この順序をはき違えてはなりません。



健常者が陥やすい勘違いとして、

「お役に立っている」という思い込みの前提で、
なんら省みる事もなく、物事をノンストップで進めることをたまに見かけます。

そんなものはただの自己満足、
言い換えれば増上慢です。






実際、どんな場面でどうすればよいのか?

距離を縮める「勇気」です。


『何かお困りのことはありませんか?』

日常、いろんな場面で眼の不自由な方がいます。
こう、言葉をかけられる人って、見ていて意外と少ないのが現状です。






余談になりますが。

思い出すと、この春。
おそらく、はじめての就職を控えた(であろうと推察される)、目の不自由なお嬢さんが、
お母様と一緒に、駅の(たぶん)下見に来られていました。

事前にいろんなことを調べているんでしょうね。
何かの位置だとか、歩数だとか、危険個所も。
お母様と一緒に、確かめてらっしゃいました。


日がながれ、出勤時間帯。
最初は改札の入り口までお母様が見送りにきていました。
「行ってきます」
そんなやり取りがあって、
お母様も、さぞ心配だったのやもしれません。


駅のハード面は万全か?
通勤のみんなも何かあったら手助けしていれるかな?

私も内心、親目線でそわそわが止まりません。
なにせ、わが娘と言ってもおかしくない年頃のお嬢さんです。


どうしようもないけど、
いろんな想いがまじって、
不覚にもこみ上げてきます。
よくわからないんですよ、このウルウルが。

頑張ってほしい、
ただただ、そう思う。
これから続く、長い長い旅路に、
おじさんも、貴女の幸せを陰ながら応援してします。


と、締めくくるのはまだ。


続きがあります。

ある日、
こんどは、ちょうど仕事の帰り、改札に上がってゆくと
彼女(お嬢さん)がお一人で何かを待っています。

『何かお困りのことはありますか?』
と、とっさに、声をかけました。

なんてことはない。
お節介な私は、こういうのはかなり多いので。


---にこっ。

彼女の素晴らしい笑顔が。  (おっちゃん、びっくりしたよ・笑)

『あ、ありがとうございます! 大丈夫です。』


満面の笑顔に、ほっこりさせてもらったのは私。 (おっちゃんこそ、ありがとう!)



ただ、その笑顔の瞳の奥には、
やはり、光を通さないであろう瞳の独特の姿があった。
過酷な現実がそこにあった。


『おっちゃんも、耳がだいぶ不自由で、いっぱい困ったことに直面するけど、
お嬢ちゃんのこれからのこと、ほんまにほんまに祈ってる。』
と、心の中でつぶやいた。


そうだ、

また会えたら、
こんどは「おはよう!」 と言おう。




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【2016/09/20 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
|
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