すぐ傍にあるしあわせ
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○○さんは既に定年されて、現在までの数年間は「嘱託」というお立場。
でも我が○○地区事務所では、その経験値から大きな戦力としてご活躍頂きました。
今までの部署や、担当職の違いはあれど、“業界”の大ベテラン。
私のお預かりする地区のメンバーとはいえ、実戦経験は勿論のこと、
ときに私への助言や相談事も含め、ときにご無理も申しあげ、たいへんお世話になりました。

されど○○さんは、契約満了を待たず、私事諸事情があり
惜しまれながら退職の時を迎えることとなりました。

私は、ささやかながら地区のメンバーで送別会をすることとし、準備をすすめてまいりました。
記念品のほうも、ひと工夫。
これからは、とくにご夫婦の時間も増えることですし、
お夫婦お揃い用に、とある陶器(焼き物)を産地の窯元に発注しており、数日前に出来上がってまいりました。
なかなか良いものですよ、我ながら (^O^)b

場所は事務所から少し遠いですが、北新地のとある和風のお店。
高いんちゃうか?と皆が若干見構えていましたが、好評でしたよ。
ええ、私が値段を考えないわけがない(笑)

で、肝心な送別会の中身も
いろんなお話しが飛び交い、御礼挨拶や笑い、あっという間に時間も流れて行きました。

----最後に、私が締めないといけません。
このメンバーとなって一年にも満たないとはいえ、
責任者として精一杯やってきました。
○○さんも、ひとりの大切なメンバーでした。
惜しむ心をおさえ、
短い駄文ではありますが、私なりに精一杯の心を込めて
言葉を用意させていただきました。

以下---。

...................................................................................

このたびは、長らくのお勤め、たいへんお疲れさまでした。
ここに集いしメンバー一同、あらためましてそのご功労に対し、
敬意を込めて「お疲れさまでした」と申し上げたいと思います。

約○○年という途方もない長きにわたり、「その道、一筋」に歩んでこられました。
いよいよ数日というある日、
しみじみと 『田舎から都会に来て、小さな体でよくやってきたほうかな』 とつぶやかれました。
学校の先生は、「お前がいちばん心配だ」 とおっしゃったそうです。

私と○○さんとの直接のご縁は、私が○○地区事務所へ異動になった時に、
ともに来たのがはじまりです。
3月からですから、僅かといえばそのとおりなのですが、
その誠実なお人柄、実直な仕事への姿勢はたいへん感銘すら受け、
私たち、のちに続くメンバーがお手本とすべきものを、体で示してくださいました。

ある意味、私がアクセル全開な時、
〇〇さんは安全ブレーキを踏んでくださるといったような面もあり、
「一歩立ち止まって考える」「基本をまもる」といった役割を示してくださりました。
また、〇〇さんはいつでも全力。なんでそんなに元気なの?といった方で、
身体機能では、むしろ私よりも若いのでは?といった感じでした。

あと一つ。
○○さんはこういった現場担当でありながら、結婚指輪を常に外しません。
○○さんらしく愛妻家の一面もみせてくれていました。

これから長年の仕事に一区切りを着けられるわけですが、
第二第三の人生ともいうべき、あたらしい出発に
我ら一同、暖かい拍手で送り出して差し上げたいと思います。

たいへんお疲れさまでした。
ありがとうございました。


...................................................................

愚直に進む
愚直に進む、目立たなくとも。
まさに、〇〇さんの人生だろう---







○○さんは涙を拭いていらっしゃったようです。(恐縮です)

これから○○地区事務所も、少し寂しくなります。
助言を聞く機会もなくなり、残念ではありますが
しっかりと受け継いでまいります。


---------宴がおわり、お店の外。

惜しむ姿が交錯する中、
○○さんは、今まで聞いたことがなかったような単語を連発!(笑)

私 『 ○○さん、 キャラ、ちゃうちゃう!(違う、違う) 』

皆 『 ○○さん、ドッカ~ンやなぁ、わははははは… 』


少し恥ずかしかった… けど(苦笑)

いい夜だったなぁ( ̄▽ ̄)




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※夏の法○でも、快く引き受けてくださいました。 感謝。



【2016/12/03 09:00】 | ◇日々徒然
|
ツレと二人でタクシーに乗りました。

運転手  『ほな、1800円です』
客、    『ちょうど3人で割ったら600円か・・・』
運転手  『なんでワシまで人数に入ってんの!』


大阪のノリは、いつも愉快。


じゃ、また。



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いつもありがとう


【2016/11/30 00:01】 | ◇日々徒然
|
身障者関連や高齢者福祉について、
とくに興味もないし、使命感もない。
ましてや、ライフワークにするつもりも毛頭ない。
でも、実は福祉系資格は持っている。
だから…といった感も殆どない。
そういう職についたこともないし、今もそう。無縁。
偉そうに、どういった福祉関連の思想を持っているから…なんて意識をしたこともない。
十数年前まで、亡き母の介護があったぐらいだ。
(その関連記事は、今はなき“前ブログ”に書き留めたのだが…)

ただ、日常での「気づき」については「行動面」での自負はある。
そう、イザというとき、どう「カラダが即座に反応するか」が、もっとも大事なんだと思う。
だからこそ、僕はそれに沿って動く。


■されど、「段差」。  ~この高低差は手強いぞ。

『あ、あぶない!』------
突如、それは訪れた。

地元の駅前、まもなく信号だ。

腰のやたら曲がったオバァちゃんがカートを押して渡っているのが見えた。
スローな動きに、
『渡り切れるなかぁ…』 と思った。
『やばいなぁ、無理そうだ。』

最後の最後、僅かな歩道の段差が行く手を阻んだ。
オバァちゃんは車道側に取り残され、
車道の車を塞ぐ形に---。
『あぶねー』

信号の数メートル手前から猛ダッシュ!
先に近くにいた女性が介助しているのが見えた。
が、このまま車道にいたら、二人とも危ない。
私はとっさに車道に入り、
往来の車との間に入り、オバァちゃんの背中をカバーしつつ、
手を広げて車に 『避けてください』なゼスチャーで二人をカバーした。

が、なかなかオバァちゃんは、それ以上に前に進まない。何故???
足元をみると、ほんの僅かな段差。
たったこれ程の段差がオバァちゃんにとっては、まさに「壁」となっていた。

注意しないといけないことがある。
カートと腕を伸ばした体との差(バランス)が崩れると、おそらくカートだけが前に進み、
オバァちゃんの手は支え続けることはできす、前のめりで転んでしまうだろう。

(※高齢者は、僅かな転倒でも簡単に骨折をしてしまう。
高齢者の骨折は長引き、そのまま寝たきり、寿命さえ縮めてしまうことだってある。
そんなキッカケになっては一大事だ。
良かれと思った手助けが、事と次第によっては大きな責任をも含んでいる。
高齢者に対する思いやりの手助けとは、そういうことだ。)

たったこれだけのことだけれども、オバァちゃんのにとってはようやくの脱出劇。
とりあえず、ヨカッタ。
女性のとっさの行動も、お疲れさま。
素晴らしい反応だったね。


だが、よくよく考えれば、
高齢者にとって、街歩きは大変なことなんだと痛切に感じた。
だからといって、家に閉じこもっていたら健康にも良くない。
だけども、困難と危険の連続だということ。

いつかは自分も歳をとる。
なんだこれぐらい、といったものが
とんでもなく立ちはだかることだってあることだろう。


次に、
こんどは、所用で神戸に行ったときだった---

長田区の山の手は、やはり坂の町。
普通のコンビニすら、普通でなかった。

こんなところばかりじゃないんだろうけど、
なんとも、入り口がかなりの段差だ。
申し訳ない程度に、その段差の横を30度ぐらいの「スロープ」もどきはある。
が、階段の一歩すら登るのに困難なお客さんにとっては、
もはや「来なくていいよ」みたいな崖のようだった。

私が商品の清算をし、店を出る時、
案の定、店先で立ち往生したおばちゃんがいた。
さほど高齢というほどではなかったが、やはり何がしかの身体機能に難があるようだ。

私ができることは、『何か手伝いましょうか』 から。
『(店に)行きたいんやけど、足が…』
『ほんなら、僕の腕を持てます?、持ってー。』
ヨイショっ。 ふーっ。
『すんません』『いえいえ。』

ほんま、たいへんですわ。
なんでこんな段差なんやろ。
普通の、ありふれた風景かもしれませんが、
そのことすら、たいへんな思いをして生活している人たちがいる---


でもね、
私らがいる。
どこにでも 「私(あなた)」 がいる。

躊躇したら、あきまへん。
恥ずかしがったら、あきまへん。
やれること、なんぼでも(いくらでも)あるんです。

福祉に興味がある、とか
ボランティアしたい、とか
ええんですけど、
その前に、目の前の日常に、「気づく」かどうか---- ですよね。


そういえば、以前こういう記事も書きました。

 ◇何を躊躇しているのだろう?
  ※当ブログ・カテゴリー : 人生観・福祉共生より



「見て見ぬふり」とまでは申しません。

ただ、
『なにも、俺じゃなくても…』 といったものが あるのでしょうか。

口では皆さん、イイことをおっしゃるんです。
でも、どんなスタディをしても、
どんなに、イイ計画(ビジョン)を持っていても、

ほんとうに「あなたの力」を必要としている瞬間って、
突如やってくるんです!

何を考えているか?ではなく、
その瞬間、何ができるか?です。

まことに僭越ながら、
「ここをお忘れなく。」です。





本日の記事の終わりに----

私、 「耳」 悪いです。
悔しいです。

もし、普通だったなら
もっと人の輪の中に入って、クダラナイ話だってもっとできたでしょう。
クダラナイ話のなかからこそ、人脈はできるものです。
職場で私が足りないものは、そこだと、よぉく知っています。

でもね、怖いんですよ。
何が?
---何度も聴き直すのが。
「え?なんて?」
「え?」
嫌でね、これが。

ああ、
だからといって孤立してんじゃないですよ。
ちゃんとコミュニケーションとって、普通にはやっています。

ただ、「もう一歩」が足りない。。。

足りない理由が、
聞こえなくて、聞き直すのは嫌…なんです。

こんなこと、言ったことなかったっけ。


それでも、根が明るいし、サービス精神旺盛なほうだから
初対面だろうが、知らない人にだって、何の躊躇もなく飛び込んでゆける。へっちゃら。
だけど…


人はいろんな事を抱えているわけ。
弱みや、ハンデキャップ。
自分だけじゃない。

だけじゃないから、こそ
分ってあげなきゃ。
近づいてあげなきゃ。

スローガンや、パフォーマンスは、もういいってば。
自然に、自然にやろうや。

やれること、
沢山、そこいらへんに なんぼでも転がっているから。




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【2016/11/29 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
|
「逃げ恥ダンス」 (恋ダンス)が大流行だとか。

おっちゃん(私)も、ぎこちなく踊れる(笑)


ドラマ、「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌で、
ドラマ主演の一人でもある星野源さんが歌います。



この、 「逃げるは恥だが役に立つ」 という言葉----、
実はこれ、ハンガリー語のことわざで、

「Szégyen a futás, de hasznos.」

直訳すると、 「自分の戦う場所を選べ」 という意味だそうです。

つまり、
「自分の土俵で戦え」
「自分の得意分野で勝負しろ」 でしょうか。


そういえば、 
ドラマで星野源さん演じる 「津崎 平匡(つざき ひらまさ)」 くんは不器用ですね。
でも、すっごくイイところをお持ちです。

「イイところ」 は自分の武器ですし、そこは「勝てる」んです。

つまり、
「逃げるは恥だが役に立つ」 をあてはめると、

「イイところ」「得意分野」であるからこそ「勝てる」…
勝てるから「役に立つ」 ということですね。

いやぁ、イイ(笑)





僭越ながら、
私もずっとそうしてきた。
背伸びなんかしても、長続きなんかしない。

自分のスタイル、流儀って誰にもあると思う。
私の職業ひとつとっても、
やること(業務)は定まっている。
どんなお仕事?って聞かれたら、「こうこう」と答える。

でも、
「強みを活かす」 という視点でみれば、さまざまなものがあって、
皆、アプローチが異なる。

ルールはある。
踏み外して「自分勝手」なことをやることとは全く違う。

「自分流」と言ってのけることには違和感もあって、そうは表現したくない。
「強みを活かす」 とは、自分「流」(流れ)をつくることではない、と私は思う。

「自分勝手な道」を作るんじゃなくって、アプローチの話なんですね。
ここ、重要ですよ(笑)



今日も明日も、
強みが「役に立つ」よう、頑張ってコ!





娘の友達、
学園祭で私を初めて視て
「優しそうなお父さんやね」って言ってたそうな。

おおっ、嬉しいねぇ( ̄▽ ̄)

まぁ、 まさか家で「逃げ恥ダンス」を踊っている姿なんぞ、想定外だろうけど(笑)


「お茶目なオヤジ」---

それが強みだな、うん( `ー´)ノ




※追伸、 「逃げ恥ダンス」がものすごい勢いの中、盛んにYouTubeでもダンスをアップしている。
そんな中、星野源さん「違法だとか気にせずどんどんやって」との事。 太っ腹だね(^O^)b



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【2016/11/27 00:01】 | ◇日々徒然
|
■華やかな学び舎、何十年も前の「こんな時期もあったよな」----


過日、娘の学校の学園祭に行ってきました。
晴天に恵まれ、寒さも和らいだ穏やかな日中でした。

学園祭といえば、華やかな模擬店や音楽ステージがイメージされますが、
一方で、展示やプレゼン系は理系校らしく凝ったものばかり。
唸らせるような製作もあり、学生の力量に感服したものもありました。

私立校のような立派な建物ではありませんので、
普段は正直言ってボロっちい校舎も、この日ばかりはお化粧をしたような感じでした。

我が娘は?といえば、
教室での実験展示で、来訪者さんへの「薬品注入」のお世話係。

うん、しっかりやっていました (;^ω^)



■少し、小難しいことを、ふと想う-----

私と妻はそのあと、校内をウロウロ。
メカ系の展示で学生から“プレゼン”を受けました。
アイデアと工夫で、課題に沿ったメカニカルな、「緊急事態」のための道具のひとつでした。
各班ごとに、いろんな着眼点があり、それぞれ全く違ったのが出来上がっていました。
同じテーマであっても、ゴールが異なる点はかなり面白かったです。

ある班。
「何かご質問はありませんか」 と問われたので、僭越ながら意見を述べさせて頂きました。
『緊急時の混乱で、ヒューマンエラーを始めから想定した発想はよかったと思います。』

何故かといえば、
技術者として彼らがこれから沢山の「ものづくり」に携わるとき、
たゆまなく、また貪欲に、高度な技術を求め、時として、まだ「この世」にないものを作り上げるときに、
ふと忘れがちな、「人間」の心理、行動、倫理といったものが「技術」とともにあるべきだと、
「未来」を育てる多くの先生方が警鐘を鳴らしておられます。
これらが「リベラルアーツ」という考え方の一環で、
物凄く簡単に言えば、理系と文系をミックスした技術思想です。

その「考え」のもととなるものとは---
技術が高度になるにつれ人間のコントロールを越えてゆきます。
例えば、はるか昔、人類は「道具」を手に入れました。
木を削る道具、人の生活をだんだんと豊かにしてゆきました。
それがやがて、人どうしが争う武器となります---。
現代を見渡してもそうです。
便利な科学技術は、犯罪にも転用できます。
安全を目指したものであっても、使う人の「倫理」がなければ、ヒトゴロシの道具にも変わります。
したがって、理科学分野のそれも、倫理や人間の行動心理をも視野に入れた開発がないと、
一瞬にしてモノの「役割」を変えてしまうのです。

この「リベラルアーツ」を言い換えれば、全方位とでも言いましょうか、
我が恩師は『全体人間たれ』と指導くださいましたが、まさにそれだと感じます。



■ぞろぞろ、また歩く-----

バンドステージ。
最近の子はうまくなったなぁ…
おっちゃんの若い頃は、もっとトチったものだ。
でも、もっと笑顔で弾けなきゃ(笑)
おっちゃんは、もっとステージいっぱい動き回ったゾ。
今の子は恥ずかしがり屋が多いのかな?

屋台。
いいね!やっぱ。
おっちゃんね、実は綿菓子機の操作が上手いんだ(笑)
目を引いたのは、“粉モン”のオリジナル。
うまくやりやがったなーって感想。あれはコストの割にボリューム感がある。
但し、不味かった(オチ)



■すっかり大きくなった我が子の成長に----

忙しく動き回る姿を見て、やはり家で見せる姿とは違った一面も。
男の子が多い中、うまくやっているのかなぁと思いつつ、
まったくそんな心配も要らないぐらいに溶け込んでいたようです。
月並な言い方になりますが、
思春期のいろんな出来事とともに、一歩一歩成長してゆくのですね。
娘が自分で選んだ学びの道(分野)ですから、
父親の私は、遠巻きにそっと見守り続けて行こうと思います。---


 ◇


ハイ、ここでNHKの番組、「ドキュメント72時間」なら、
松崎ナオさんの「川べりの家」♪が流れるタイミングです(笑)


時計台
(写真:宮部生蔵)


さ、今夜はお鍋だ。

お帰りー。




クリックありがとう


( `ー´)ノ まいにちが発見だ。

♪サカナクション / 新宝島


【2016/11/24 00:01】 | ◇日々徒然
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