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◇「強くなければ優しくなれない」    ~被災地の過酷な環境の中で、 自衛隊員たちは何故こんなに優しくできたのか---

被災地の過酷な環境の中で、
自衛隊員たちは何故こんなに優しくできたのか---

まもなく3.11---
あらためて亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。


■プロローグ

『俺、自衛隊に入る』、ポツリと小学生は言った。
『なぜ』と聞かれて、こう理由を語った。
津波に呑み込まれた父親が帰ってこないかと
毎日、ずっと海を見つめていたところ、若い自衛官に声をかけられた。
そこの佇む理由を話すと、
その自衛官は何も言わずに肩に手御置いて、
しばらくの間、一緒に海を見てくれたのだという。---


被災地で救援に従事している自衛隊の一隊が、
ある学校の傍を通りかかった時、
先生から
『どうしても金庫にしまった成績表を引き上げたいんです』と頼まれた。
子供が行方不明の親御さんに、せめてもの形見にしてあげたいのだという。

泥の中から金庫を取り出すのは至難の業だったが、
小隊全体でなんとかやり遂げた。
そこに視察中の上官が通りかかった。
作業を指揮していた小隊長は慌てて、
『すみませんでした。今後は捜索に集中しますので、
今回だけは見逃してください』と懇願したところ、
『素晴らしいことだ』と、逆に褒められたという。


毎日、朝から晩まで
被災者たちの救援で大変な毎日だったのに、
自衛隊諸士は、なぜこんなにも優しくなれるのだろう。



■細やかな心遣い

お腹をすかせている被災者を見かねた自衛隊員が、自分の食料をこっそりと配っていた。
被災者たちも
『本当にもらっていいんですか?
あなたの食べるものが、なくなってしまうのではないですか?』
と何度も確認したそうだが、
自衛隊員たちは必ず笑顔を浮かべて、
『しっかり食べていますから、大丈夫です』と答えたという。
厳密にいえば、
自衛隊の食糧を流用したという意味で、組織上のルール違反なのだが、
目の前で苦しんでいる被災者を、なんとしても救いたいという
純粋な気持ちから起こした行動であり、上官たちも見て見ぬふりをしていた。

また、食事をする際にも、
「被災者の目に触れない場所で食べる事」というルールを守っていた。
行方不明となった家族を必死に探している人が、
自衛隊員たちが腰をおろして食事をしているところを見たらどう思うか、という心遣いからだ。

しかし、すべてを津波で押し流された被災地では、
自衛隊車両の中くらいしか、隠れて食事ができる場がない。
しかも、その車両はつい今しがたまで、
遺体を運搬していた、という事もしばしばであった。


避難所では、自衛隊の持ち込んだ風呂が喜ばれた。
もともと1個師団につき、二つづつ配備されているものだが、
それを被災者に提供した。
テントの入り口に暖簾をかけて「〇〇の湯」と、
その部隊所在地の名前を書き込むだけで、
被災者は体だけでなく心もホッと温まる。

しかし、もともと部隊用なので、かなり湯船が深くなっていて、
入る際の段差が高く、お年寄りには大変だった。
そこで、すかさず隊員たちは、あり合わせの材料でお年寄りのための階段と手摺りまでこしらえ、
誰で入れるバリアフリーの風呂に変身させた。
女湯では、女性隊員たちも一緒に入浴して、被災者のお世話をしたり、
避難所での悩みに耳を傾けた。

過酷な環境の中で、自衛隊諸士たちは、
なぜこんなに細やかな心遣いができるのだろう…。



■過酷な環境と使命の中で

こうした優しさや心遣いは、
思いやりのある人ならだれでもできるだろう。
しかし、被災地で自衛隊の置かれた過酷な状況と使命を考えあわせたら、
それが到底、常人のなせる業ではないことに気付く。

朝は6時頃から日没までは、ひたすら救援・捜索活動をする。
瓦礫の下に行方不明者が残っている可能性もあるから、
ビルの工事現場のように重機で一気に取り除くわけにはいかない。
行方不明者や遺体を捜索しながら、手作業で慎重に一つ一つ除去していく。

遺体が発見されると、できる限り丁寧に収容することを心がけているが、
担架などないから、背負って収容所まで運ぶ。
戦闘服には腐敗した体液がべっとりついて、大変な異臭を放つ。
しかし、かの「事業仕分け」の影響から、殆どの隊員は戦闘服が二着しかないため、
消臭スプレー等でなんとかごまかすしかない。
ま自分の子供と同じくらいの歳格好の子供の遺体を収容するのは、
とくに精神的ストレスが大きい。
一日の作業終了後には、隊で車座になってその日一日の
苦しみ、悲しみを互いに吐きだしていたという。

温かい食事を作る炊事車はあるが、被災者の食事を優先するので、
多くの場合、乾パン、缶詰、カレーなどのレトルト食品だけとなる。
いかも、レトルトといっても温めることもない。
こういう食事を、しかも不規則な時間に、かつ被災者に見られないように素早くとっていると、
野菜不足もあいまって、ひどい便秘や口内炎に悩まされる。
また、上述のように、風呂も被災者に提供しているので、
当初、隊員たちは汗ふきタオルで済ましていた。
こんな毎日が数ヶ月も続いたら、通常の人はそれだけで病気になるか、
ノイローゼになってしまっただろう。
そんな状況の中で、もし我々だったら、
(冒頭のように)海に佇む少年の肩を抱いてやったり、
成績表の入った金庫を泥沼から引き揚げたりすることが出来るだろうか。
なぜ自衛隊員たちにはそれができるのだろうか。---



■強くなければ優しくなれない

その秘密を、かつてイラク支援の「ヒゲの体長」として名を馳せた
自衛隊OB佐藤正久氏(現・参議院議員)は、
『強くなければ優しくなれない』として、こう説明している。

---結論から言いますと、
「もっと過酷な条件下で訓練しているから」に尽きます。

基本的に自家隊員たちは、朝6時に起きると
そのまま夕方までハードな肉体錬成や、各種訓練に明け暮れます。
そして、その全ての訓練を終わると、
それぞれクラブ活動として、野球やサッカーなどのスポーツに励んでいます。
つまり一日中、野外で立ちっぱなし、動きっぱなし、というのは
自衛隊員にとって、特別な事ではないのです。

こうした日々の鍛錬に加えて、
時には「3日間で100キロ歩く」という行軍をおこなう。
背中には20~30キロの荷物を背負い、
更には機関銃やロケット砲などを持って歩く。
夜も交代で歩哨をする。
こうして100キロ踏破して目的地に着くと、そこから本番の演習が始まる。
こうした極限状態を体に覚え込ませることで、
どんな厳しい状況に置かれても耐えてゆける体力と精神力が見につく。

しかし、いくら体力と精神力が強くとも、
人間としての優しさは別問題である。
それはどこから来ているのか?---

佐藤さんは、
常に集団生活をしていることで、そういう心が育ってゆくと説く。
集団生活を維持してゆく、と言うと
「切磋琢磨して成長し、ついて来られない者は切り捨てる」 
と勘違いされる方も多いようですが、実際はまったく逆です。

つまり、
いちばん能力が低い人間に、グループ全体の基準を置くのです。
全体を底上げしようとしたら、
いかに能力が低い人間をフォローし、その人間の力を引き上げるか考えなくてはいけません。
これ自体が、なんでもできる人間にとっては、苦痛を伴う我慢になります。


そういったことを繰り返してゆくうちに、
自然と仲間のために自分を殺してフォローに回るという自己犠牲の精神が
しっかりと心に刻み込まれてゆくのです。出典URL


◇ 


【あとがき】

いかがでしたか?
大災害における自衛隊の活躍を語るに、多くのエピソードがあると思います。
勿論、私のみならず多くの皆さんの喝采と感謝の念は尽きないことでしょう。
ただ、今回ここで私がお伝えしたいことはそれだけではありません。

最後段にある佐藤氏のお話に、
あらゆる組織、職場、あるいはチーム、スポーツの中でも共通する
大切なことを見出すことができます。
リーダー論でもあります。

「ひとりの優秀な人間」は、どこにでも存在しうるのですが、
全体の底上げという課題に対し、応えてゆけるかは全く違う話となります。
人よりも優秀であればあるほど、時として他者との能力の差が仇となってゆくことも…。
人を育て、全体として勝利してゆくことは、
自分だけの勝利よりも、遥かに困難な道程だということがわかります。


---そういえば

この冬、冬季オリンピックで
スケート女子、パシュートで日本チームが金メダルととりましたね。
ご存知かと思いますが、パシュートは三人一組、最後にゴールした選手のゴールタイムでタイムが競われます。
先頭の風よけを交代したリ、時にはバテたメンバーを後ろから支えたり、
各国、チームワークがお見事です。
私も初めて知った競技ですが、日本人らしさが活かせる競技のように思えました。

なお、余談ですが、その三人目を遥かに後ろに残したまま、前の二人がゴールし、
あろうことか、「負けたのはその三人目のせい」ということをにおわす発言をした国(チーム)もありましたね。
これでは「パシュート」ではありません。

パシュートの醍醐味は、やはり「ひとりも漏れなく」ですね。
ついてこれないチームメイトを共にゴールさせるために、
自分や自分たちがそこに寄り添ってゆける、優しさと強さの重要性を、あらためて感じるよい機会でした。


※3.11関連の過去記事
◇昨日の闇が明日の光になる。

 

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南部(みなべ)蔵之介

Author:南部(みなべ)蔵之介
昭和生まれ、父、夫、勤労者、
平凡な大阪人のオッサンです。


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