FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

◇みやべ蔵之介・新春巻頭言



あけましておめでとうございます。
Tweet 部分をクリックしてお読みください。

(記事、転載)

ある男性が、大企業のビルの清掃員の仕事に応募し、面接に行くことになりました。人事部長はそこで彼の採用を決定し、彼にこう尋ねます。

「必要な書類を一式メールでお送りしますので、メールアドレスを伺ってもよろしいですか?」

 すると男性はこう答えました。

「メールアドレスはありません。というより、パソコンを持っていないのです」

 これを聞いた人事部長は衝撃を受けます。

「本当に?そうですか。メールアドレスがないとうちのシステムに登録できないので、採用することはできません。申し訳ありませんが...」

 これを聞いて不満げな男性は、頭を横に振りながら建物を後にします。歩きながらふと財布の中を見ると、そこには10ドル札が入っていました。そこで彼にあるアイディアが浮かびます。

 彼はスーパーに行き、リンゴを5キロほど買い、それを街で売り歩きはじめました。1時間後、彼の手元には20ドルがありました。彼はその20ドルを元手にさらに多くのリンゴを仕入れます。男性はこの作業をその日夜遅くまで続けました。その日、家に帰る彼のポケットの中に貯まった金額は160ドルにまでなっていました。

 男性はこのリンゴの行商をその後も毎日続け、人々が何を求めているのか、何を必要としているのかを察知する感覚を磨いていきます。やがてビジネスの腕も上がり、自転車、運搬トラック、さらには自分だけの店を手に入れることに成功したのです。数年後、彼は自分のスーパーマーケットチェーンのオーナーになっていました。

 やがて年月とともに男性も老いを迎え、引退して何か家族の元に残そうと考えます。彼はフィナンシャルプランナーを雇い、遺産相続などについて相談を始めました。計画についてひとしきり話し合いを終えると、アドバイザーが彼におもむろにこう切り出しました。

「関連書類をお送りしますので、メールアドレスを教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 すると男性はこう答えました。

「私はこれまでパソコンを持ったこともメールアドレスを持ったこともないし、これからも持つこともありません。書類は全て郵送してください」

 これを聞いたフィナンシャル・アドバイザーは驚いてこう言いました。

「あなたはこれだけの成功を収めながら、パソコンもメールアドレスも持っていなかったのですか?もし持っていたら、それこそさらに大きな成功を収めていたことでしょうね!」

 すると、男性はこう答えました。



「いや、持っていたら今頃は清掃員だったよ」



..................................................................


※追記

上記リンク本文をお読みいただいたあと、以下お付き合いください。


最近の記事、「 ◇プロ野球・戦力外通告   ~女房殿の支えありて 」 の後段で触れた、私の歩みでの経験もまた、今回ご紹介した主人公(イミシン記事)ほどではありませんが、「あの時、もしあれが〝叶って〟しまっていたら… 今の自分はなかった」というものがありました---。

これはいつかブログでも触れた事ではありますが、ある身体機能にハンデキャップがある私は、大きな壁にぶち当たり、ついには職を失いました。しかし、そもそものハンデや年齢的なこともあり、再就職はとても困難な状況が続きました。どん底の経済状況とともに、「世の中は私を必要としてない」といった絶望感の中、ただひたすらに人生の師匠の言葉だけが自分を支える灯(ともしび)でした。

そんなある日の面接。既にキャリアなど活かすとは程遠い、言ってみれば今回のあのお話に出てくる「清掃員」にも似た職種でした。(ただ、これは何もその職種をバカにして言っているのではありません、念ため。) 
その面接でこんなことを言われました。既に前職を失い、1年の苦闘が続いていました。
---『君、いつまでもそんなプラプラしていたらアカンよ。女房子供もおるんやし…』と。
私は勿論、何も好きでブランクをつくったわけでもありませんし、必死になって妻子のために「戦って」きたつもりでした。面接ですから腹を立てることもできませんが、心の中は悔しさで泣けてきました。それでもなんとしてもこの職を得ようと必死になってアピールしましたが、結局は三週間も待たされた挙句、不採用通知一枚が郵送されてきました。
私は不採用の悔しさよりも、あの一言がどうしても忘れられませんでした。ほんとうに心ない一言でした。

今、そうした日々を乗り越えて、意気揚々と、この「天職」に励んでいるわけですが、もしあそこで採用されていたなら、時間も融通が利かない勤務でしょうし、おそらく給与も今より遥かに低いでしょう。とてもマイホームなど持てなかったと思います。
そう思うと、最初に述べたとおり、一時の不幸に見える出来事も後から思えば「あれがあったればこそ」といったものなのです。


振り返って思う事は、「それでも大丈夫、きっと…」という自分の確信だったと思います。
勿論、「確信」の裏付けに見合う、そりゃもうもの凄いことやってましたからね(笑)。

毎晩思うのです、負けるわけないって。因果具時ですからね。
…と言いながらも、何度も何度も泣きながらひとり祈ったものです。まぁそんなものですよ。(^_^;)

人生は最後の最後までわからないものです。
だからこそ、今も油断してはいけないし、頑張ってゆこうと思います。



にほんブログ村

ブログ記事一覧


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Information

南部(みなべ)蔵之介

Author:南部(みなべ)蔵之介
昭和生まれ、父、夫、勤労者、
平凡な大阪人のオッサンです。


※ご訪問いただき、いつもありがとうございます。
コメントフリーですが、頂いたコメントは公開/非公開ともに、基本的にめったにお返事はできません。
しかし必ず目を通しております。ありがとうございます。

ちなみに、当ブログではアクセス解析など一切やっておりませんので、ご安心の上お楽しみください。


*Amebaブログもあります。
とくにこちらは「ゆるい」です。(URLはリンク欄にてクリック)
よければどうそ。

最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク集
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。