すぐ傍にあるしあわせ
2014年10月からTwitterを始めました。

手探りの状態から、今は貴重な情報源になっています。
どのような方々をフォローするかにも寄りますが、多様な意見をフォローした方々が「運んでくれる」のも魅了です。

これは、ネットでニュースを漁ったり、長らくブログやWEB掲示板でのコミュニケーションに縁してきたこととは、ひと味もふた味も違うものがあります。
もちろん、いろんな情報に接しても、受け手であある自分がうまく消化できる力がないといけませんね。


また、リプライといって、よそ様の意見に「自分の意見を添える」ことも可能です。
そこでは礼節をまもることは言うまでもありません。

ただ、ここでいう礼節とは、「おべっか」とは違います「。
「波風をおこさない」だとか、ただ仲良くしたいのなら、リプライはお勧めしません。
よくブログコメント・コミュ二ティにありがちな、主宰者へのおべっか(嫌われたくないあまり、あまり反論はしないなど)はTwittreではあまり見かけません。

なぜならば、お互いがフォロー・フォロワーとして対等であり、無理におべっかを言う必要もないのです。
意見があれば賛否自由にリプライします。
特定のブログコミュニティを「巣」にする必要はまったくありません。

ただ、中には「ReTweet」専門という方もいて、それはそれでフォロワーへの意見表明にもなりますし、
多様な意見に対し、個人的な感想として「イイネ」を伝えるだけも可能です。
うまく使い分けながら、ある意味自分の中での「温度差」を表現しています。


なお、個人的に特筆すべき「面白い部分」は、投稿文字数が限られている点です。
いかにその制限数の中で、コンパクトに言いたいことをまとめ上げるか?そこがまた腕の見せどころです(笑)
ただダラダラと書くというより、ショートコラムのように要点を絞り、どうやって伝えるかが大事です。
その意味で、リプライ(相手の意見を引用)を巧く使ってゆくことも一つの技法です。





そういえば、こういった「はっ」とさせられる意見を拝見しました。
とくに興味があったわけではありません。
たまたま縁するのもTwitterの醍醐味。
「へぇ~、こんな発想もあったんだ」というか、全面賛成というわけじゃないのですが、
「唸る」といった感の、個人的にそう感じました。



これには、とくに私のほうからは議論に「介入」するつもりもありませんでしたので、
リプライもリツィートもせず、ただ「イイネ」を付けさせていただきました。
「そういう発想もあるんだな」という意味で。

もし、これが我が子なら、ちょっと話の根底から違ってきます。
戸惑ってしまうのも親として当然です。

ただ、社会には自分の持つ世界とは違ったことを平気でおこなう人(子)もいます。
在学中に懐妊なんて、少なくとも私の縁してきた学校生活では考えられないことでした。
その存在を前提に、社会としてどうあるべきか?
また、教育指導にある立場、はたまた学校現場、いろんな立場で対応に苦慮するのが当然です。
ルールをつくり、ルールを管理する立場、ルールができ背景・目的があったはずです。
そこを考えれば、「遵守する」ことが、集団の利益や価値をまもることになるはずです。
その一方、ルールありきでいいのか? ルールが果たして公益にかなっているのか? 
はたまた、少数の権利はまもられているか?等々、 いろんな考えがあって当然ですね。
立場によってかわってくる苦渋の選択もあるでしょう。

ただ、「どこ本位」であるべきか?
今流行りの 「どこどこファースト」 という基準は、けっして大げさではないはずですね。





次に、話は変わって、
本日の記事のおわりにもうひとつご紹介。

その「意図」は、記事をご覧のとおり。



う~ん、唸る。
ダメダメ自己暗示をかけてしまうという戒め---。

でも、それを逆手にとって 
どんな困難なことだって、「きっと○○になる!」 と口に出して言い続けてみるべし。

---きっと叶っているから。





唸る記事は多々あります。
ますます これからも、目が離せない(笑)Twitterです。
うまく付き合いたいと思います。


(書きかけ)



にほんブログ村


よろしければコチラもどうぞ。

ブログ記事・一覧へ


みやべ蔵之介Twitter (ログ)

(現在、恐れ多くも300名近くのフォロワーの方がご覧頂いております。感謝申し上げます。)


スポンサーサイト

【2017/07/26 06:00】 | ◇日々徒然
|
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可