すぐ傍にあるしあわせ
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身障者関連や高齢者福祉について、
とくに興味もないし、使命感もない。
ましてや、ライフワークにするつもりも毛頭ない。
でも、実は福祉系資格は持っている。
だから…といった感も殆どない。
そういう職についたこともないし、今もそう。無縁。
偉そうに、どういった福祉関連の思想を持っているから…なんて意識をしたこともない。
十数年前まで、亡き母の介護があったぐらいだ。
(その関連記事は、今はなき“前ブログ”に書き留めたのだが…)

ただ、日常での「気づき」については「行動面」での自負はある。
そう、イザというとき、どう「カラダが即座に反応するか」が、もっとも大事なんだと思う。
だからこそ、僕はそれに沿って動く。


■されど、「段差」。  ~この高低差は手強いぞ。

『あ、あぶない!』------
突如、それは訪れた。

地元の駅前、まもなく信号だ。

腰のやたら曲がったオバァちゃんがカートを押して渡っているのが見えた。
スローな動きに、
『渡り切れるなかぁ…』 と思った。
『やばいなぁ、無理そうだ。』

最後の最後、僅かな歩道の段差が行く手を阻んだ。
オバァちゃんは車道側に取り残され、
車道の車を塞ぐ形に---。
『あぶねー』

信号の数メートル手前から猛ダッシュ!
先に近くにいた女性が介助しているのが見えた。
が、このまま車道にいたら、二人とも危ない。
私はとっさに車道に入り、
往来の車との間に入り、オバァちゃんの背中をカバーしつつ、
手を広げて車に 『避けてください』なゼスチャーで二人をカバーした。

が、なかなかオバァちゃんは、それ以上に前に進まない。何故???
足元をみると、ほんの僅かな段差。
たったこれ程の段差がオバァちゃんにとっては、まさに「壁」となっていた。

注意しないといけないことがある。
カートと腕を伸ばした体との差(バランス)が崩れると、おそらくカートだけが前に進み、
オバァちゃんの手は支え続けることはできす、前のめりで転んでしまうだろう。

(※高齢者は、僅かな転倒でも簡単に骨折をしてしまう。
高齢者の骨折は長引き、そのまま寝たきり、寿命さえ縮めてしまうことだってある。
そんなキッカケになっては一大事だ。
良かれと思った手助けが、事と次第によっては大きな責任をも含んでいる。
高齢者に対する思いやりの手助けとは、そういうことだ。)

たったこれだけのことだけれども、オバァちゃんのにとってはようやくの脱出劇。
とりあえず、ヨカッタ。
女性のとっさの行動も、お疲れさま。
素晴らしい反応だったね。


だが、よくよく考えれば、
高齢者にとって、街歩きは大変なことなんだと痛切に感じた。
だからといって、家に閉じこもっていたら健康にも良くない。
だけども、困難と危険の連続だということ。

いつかは自分も歳をとる。
なんだこれぐらい、といったものが
とんでもなく立ちはだかることだってあることだろう。


次に、
こんどは、所用で神戸に行ったときだった---

長田区の山の手は、やはり坂の町。
普通のコンビニすら、普通でなかった。

こんなところばかりじゃないんだろうけど、
なんとも、入り口がかなりの段差だ。
申し訳ない程度に、その段差の横を30度ぐらいの「スロープ」もどきはある。
が、階段の一歩すら登るのに困難なお客さんにとっては、
もはや「来なくていいよ」みたいな崖のようだった。

私が商品の清算をし、店を出る時、
案の定、店先で立ち往生したおばちゃんがいた。
さほど高齢というほどではなかったが、やはり何がしかの身体機能に難があるようだ。

私ができることは、『何か手伝いましょうか』 から。
『(店に)行きたいんやけど、足が…』
『ほんなら、僕の腕を持てます?、持ってー。』
ヨイショっ。 ふーっ。
『すんません』『いえいえ。』

ほんま、たいへんですわ。
なんでこんな段差なんやろ。
普通の、ありふれた風景かもしれませんが、
そのことすら、たいへんな思いをして生活している人たちがいる---


でもね、
私らがいる。
どこにでも 「私(あなた)」 がいる。

躊躇したら、あきまへん。
恥ずかしがったら、あきまへん。
やれること、なんぼでも(いくらでも)あるんです。

福祉に興味がある、とか
ボランティアしたい、とか
ええんですけど、
その前に、目の前の日常に、「気づく」かどうか---- ですよね。


そういえば、以前こういう記事も書きました。

 ◇何を躊躇しているのだろう?
  ※当ブログ・カテゴリー : 人生観・福祉共生より



「見て見ぬふり」とまでは申しません。

ただ、
『なにも、俺じゃなくても…』 といったものが あるのでしょうか。

口では皆さん、イイことをおっしゃるんです。
でも、どんなスタディをしても、
どんなに、イイ計画(ビジョン)を持っていても、

ほんとうに「あなたの力」を必要としている瞬間って、
突如やってくるんです!

何を考えているか?ではなく、
その瞬間、何ができるか?です。

まことに僭越ながら、
「ここをお忘れなく。」です。





本日の記事の終わりに----

私、 「耳」 悪いです。
悔しいです。

もし、普通だったなら
もっと人の輪の中に入って、クダラナイ話だってもっとできたでしょう。
クダラナイ話のなかからこそ、人脈はできるものです。
職場で私が足りないものは、そこだと、よぉく知っています。

でもね、怖いんですよ。
何が?
---何度も聴き直すのが。
「え?なんて?」
「え?」
嫌でね、これが。

ああ、
だからといって孤立してんじゃないですよ。
ちゃんとコミュニケーションとって、普通にはやっています。

ただ、「もう一歩」が足りない。。。

足りない理由が、
聞こえなくて、聞き直すのは嫌…なんです。

こんなこと、言ったことなかったっけ。


それでも、根が明るいし、サービス精神旺盛なほうだから
初対面だろうが、知らない人にだって、何の躊躇もなく飛び込んでゆける。へっちゃら。
だけど…


人はいろんな事を抱えているわけ。
弱みや、ハンデキャップ。
自分だけじゃない。

だけじゃないから、こそ
分ってあげなきゃ。
近づいてあげなきゃ。

スローガンや、パフォーマンスは、もういいってば。
自然に、自然にやろうや。

やれること、
沢山、そこいらへんに なんぼでも転がっているから。




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【2016/11/29 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
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