すぐ傍にあるしあわせ
PPAPをご存じだと思います。
世界的大ヒットとなったピコ太郎さんの作品です。



「その時代」はピコ太郎(元々の芸名は、古坂大魔王)の登場には早すぎた。
音楽をベースに、独自のお笑いを目指す彼(古坂)は、仲間うちではとても面白い存在で有名でした。
しかし、売れることはなかった。
彼のこだわりに、「それではウケないよ、変えるべきだ」と、誰も諭したそうです。
実際、彼のトークは面白く、トークのお笑い全盛の時代にあって異彩を放っていました。
それでも一切を妥協せず、元々音楽も大好きだった彼は、音楽とお笑いの融合する芸にこだわった。

そんな彼を、同期の上田(クリームシチュー)は、自分で番組枠を買い取って(地上波ではないが)、
古坂を出演させ続け、少しでも顔を売らせようと支援した。

ある時、故・立川談志と番組で出会う。
ハチャメチャな談志師匠。
初めて会った瞬間、「こいつは凄いぞ」と思ったそうな。
「全然面白くないけど、凄いぞ」
よくわからない褒め方だった。

それ以来、何かあれば一門の催しに呼び、前座的なことをやらせたそうです。
だけども、ウケない。
ウケないどころか、客に「ね、面白くないでしょ」と、メチャクチャ。 「でも才能あるよ、彼」って。
全然客層の違うところ芸を磨かせた。
周囲が「それじゃウケないよ」と、ここでも言われながらも、「お前はこの芸のままでいいんだ」。

売れない時代はさらに続く。
とうとう古坂は「もうダメだ」と塞ぎ込んでいたころ、一通の手紙。談志師匠から。
「遊んでいるか」
謎の一文だけが書かれていた。
古坂はハッとした。何かが吹っ切れた。
これが転機となり、遊び心満載という、本来の芸に回帰する。
ピコ太郎、「PPAP」の誕生である。

(文:宮部蔵之介)




人生には、どうしようもない、まるで深海に沈み込んだ時代もあることだろう。
「いつになったら、俺は海面にでることができるのか」
過ごす時間は、途方もない時間に思えてくる。

桃栗三年、柿八年‐‐‐。 昔の人はよく言った。
私も聞かされた言葉です。

そんな人生にあって、どこかで転機となる出会いが。
私が思うに、
転機となるその出会いも、受けとめることのできる自分でいられるように、
そのための時間だってこと。
「変毒為薬」 (毒を変じて薬と為す。辛いことを幸せに変えてゆく) は、
そういうことなんだと、しみじみと思うのです。





こんな言葉を知りました。
「伏してぞ止まん」‐‐‐
意味は、「精いっぱい努力した上でもう一歩踏み出し、うつぶせに倒れるまでやめるな」 だそうです。

昨今、根性論は嫌われます(笑)
しかし、的をしっかりと、揺るがない努力を重なることが、かのPPAP秘話にも感じられます。


私には、そうして得られた職業があります。
どん底の暗闇の中で、周囲からは批判もありました。
でも、将来を見据え、家族もあったからこそ妥協できない一点があり、
それが原動力ともなったのです。

下記記事では、ご紹介する言葉のきっかけとは違う、別の悲しい出来事を伝えています。
しかし、一方で私の今いる場所も、ある意味そうした職業魂とは無縁ではありません。
私はそこに誇りを持ちます。

苦労の多い瞬間もあるけれども、
ここにたどり着いたことと、 「伏してぞやまん」との日々があるからこそ、今があると思っています。






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【2017/02/19 00:01】 | ◇日々徒然
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