すぐ傍にあるしあわせ
(9/12初稿掲載の解答付き新規記事です。)


パラリンピックの熱戦に感動しましたね。

さて今回は、
目のご不自由な方の「人権」を尊重するいう視点で、ひとつ考えてみましょう。

これは「人権」のケーススタディです。


Q:例えば貴方は、夜景の素晴らしいレストランの店員だったとします。

ある日、目の不自由な方が店を訪れました。
さて、貴方がどちらの席をご案内しますか?



①目がご不自由であっても、お客様もきっと美しい夜景が観たいに違いない。 
だから、店員のいる場所からは少し離れているが、奥の窓際の、夜景がよく見える席をご案内した。

②何かあっては大変だ。 だから私たち店員がいつでも目が行き届き、お客様からの声も届く、
できるだけ近くの席をご案内した。

③その他。



では、 しばしお考えください。

考え方は人それぞれだと思います。
しかし、今回は最初に申しましたとおり、「人権」のケーススタディです。
したがいまして、「正しい」答えがあります。



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答えはコチラ。


....................................................


【正解】  ③その他   『お客様ご自身で選んでいただく。』


大切なことは、「自分で決める」 といったこと。


どうでしたか?


もし、「介護」に似た着眼点であったなら、②かもしれない…。

また、①を選んだ人は、「健常者と同等に扱っている」という視点がある…。

たしかにどちらも大切なことではありますが、
でも、ややフライング気味といえます。


でも、設問でも申し上げたように、 「人権」とは何か?を考えたとき、
普通に我々があらゆる場面で「選ぶ」ことのできる権利が、
同様に、どんなハンディキャップのある人にも備わっている とうこと。

「ハンディキャップがおありなんだから、こうだろう」…

こういう思い込み が、知らず知らずのうちに、
人権という大切な視点(機会)を奪ってるやもしれない…

くれぐれも気をつけたいものですね。


ただ、勘違いしないでほしい。
選ばせておいて、放置ではありません。


ハンディキャップを支えて差し上げる行為は、周囲の当然の「前提」です。
その上で、
勝手に我々が「こうじゃないかな?」と思って「押し付ける善意」ではなく、
先ずは「どうされたいのか? 」があって、
次に、そ・の・た・め・に、「どこが(何が)お困りなのか」を、支えて差し上げるのです。

この順序をはき違えてはなりません。



健常者が陥やすい勘違いとして、

「お役に立っている」という思い込みの前提で、
なんら省みる事もなく、物事をノンストップで進めることをたまに見かけます。

そんなものはただの自己満足、
言い換えれば増上慢です。






実際、どんな場面でどうすればよいのか?

距離を縮める「勇気」です。


『何かお困りのことはありませんか?』

日常、いろんな場面で眼の不自由な方がいます。
こう、言葉をかけられる人って、見ていて意外と少ないのが現状です。






余談になりますが。

思い出すと、この春。
おそらく、はじめての就職を控えた(であろうと推察される)、目の不自由なお嬢さんが、
お母様と一緒に、駅の(たぶん)下見に来られていました。

事前にいろんなことを調べているんでしょうね。
何かの位置だとか、歩数だとか、危険個所も。
お母様と一緒に、確かめてらっしゃいました。


日がながれ、出勤時間帯。
最初は改札の入り口までお母様が見送りにきていました。
「行ってきます」
そんなやり取りがあって、
お母様も、さぞ心配だったのやもしれません。


駅のハード面は万全か?
通勤のみんなも何かあったら手助けしていれるかな?

私も内心、親目線でそわそわが止まりません。
なにせ、わが娘と言ってもおかしくない年頃のお嬢さんです。


どうしようもないけど、
いろんな想いがまじって、
不覚にもこみ上げてきます。
よくわからないんですよ、このウルウルが。

頑張ってほしい、
ただただ、そう思う。
これから続く、長い長い旅路に、
おじさんも、貴女の幸せを陰ながら応援してします。


と、締めくくるのはまだ。


続きがあります。

ある日、
こんどは、ちょうど仕事の帰り、改札に上がってゆくと
彼女(お嬢さん)がお一人で何かを待っています。

『何かお困りのことはありますか?』
と、とっさに、声をかけました。

なんてことはない。
お節介な私は、こういうのはかなり多いので。


---にこっ。

彼女の素晴らしい笑顔が。  (おっちゃん、びっくりしたよ・笑)

『あ、ありがとうございます! 大丈夫です。』


満面の笑顔に、ほっこりさせてもらったのは私。 (おっちゃんこそ、ありがとう!)



ただ、その笑顔の瞳の奥には、
やはり、光を通さないであろう瞳の独特の姿があった。
過酷な現実がそこにあった。


『おっちゃんも、耳がだいぶ不自由で、いっぱい困ったことに直面するけど、
お嬢ちゃんのこれからのこと、ほんまにほんまに祈ってる。』
と、心の中でつぶやいた。


そうだ、

また会えたら、
こんどは「おはよう!」 と言おう。




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【2016/09/20 00:01】 | ◇社会考察・福祉共生
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