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◇とある台詞、『正論は正しい。だが、正論を武器にする奴は正しくない。』に想う。

最近、ドラマで  ( 「図書館戦争」 )
『正論は正しい。だが、正論を武器にする奴は正しくない。』
というセリフを聞いた時、 「ああ、これだ」 と思いました。

その時に「これだ」と気づいたのではなく、
最近、自分が言いたかった「ニュアンス」が、これに当てはまると思ったものです。


それは同時に、
過ちや失敗を「責める」よりも、「寄り添うもの」に通じます。

「何のための正論か?」
更には、「何のために正義はあるのか」を考えさせられるもの。
正論って、けっして「正義」には結びつかないのも確かです。

また、正論のために正論があるのではなく、
(つまり、例えば「組織維持」のためのものであったり)
「どうしたいの?」の答えの向こうに、
その「正論」が生きてくる。
それを生かさない「正論」であるならば、そんな正論なんて邪魔でしかないと僕は思うんだ。

だから、正論自体は手段のひとつであって、
けっして目的そのものではない。
正論をわかっているけれども、
それがその人を苦しめることだってある。
「正義」の目的がどこにあるか、しっかり見失わずにいたい。

そこから行き着くと、
アタックよりも、フォロー。
蘇生のプロセスは幾通りもある。

遠く離れた“演壇”から、
十把一束に正論をぶつけるのではなく、
膝詰めで、その人の重い荷物を支えてあげたい。

役割はいろいろあるかもしれないけれど、
僕は落ちこぼれた側、あるいは悩める側に寄り添い、
いっしょに這い上がってゆくほうを選ぶ。


バカには
バカの気持ち。
ろくでなしには、
ろくでなしの気持ちがわかる。

ああ、誰の事でもないよ、
どっちも、僕のこと(笑)


教科書にはない方程式を捨てないでゆく、僕は。




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非公開コメント

その人の心に寄り添うことは、相手の話を聞いて良さを認めていくことなんだと思います。
誰しも人間革命の途中ですから、失敗も過ちもありますよね。
相手を責めていくより、自分の境涯を高めていく…日々の信心ですね。
そうなると相手のことを、大きく包みこめるのだと思います。
私もそうなれるように、日々生命を強く磨いています。

私の地区では、今月2世帯のご本尊おくりが決まりました。他にも幾つか良い報告があり、その話を聞いてよしやるぞー!と波動が起きています。
地区で皆さんがお題目を送ってくれるので、すんなりと相手が動いてくれています。
たくさんの人の活動報告を聞けるので楽しいです。
今日の夜は、私も活動報告しました。
(私も仏法対話しています)
嬉しくなったので、コメントをさせて頂きました。

寒くなりました。
生蔵さん、風邪をひかれませんように。
ご家族のためにお仕事を頑張られて下さいね。













Information

南部(みなべ)蔵之介

Author:南部(みなべ)蔵之介
昭和生まれ、父、夫、勤労者、
平凡な大阪人のオッサンです。


※ご訪問いただき、いつもありがとうございます。
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しかし必ず目を通しております。ありがとうございます。

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とくにこちらは「ゆるい」です。(URLはリンク欄にてクリック)
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