すぐ傍にあるしあわせ
◆かつて学会攻撃に暗躍した「乙骨正○」氏の背景に学ぶ。 
 ~今、創価ブロガーの心に潜むその系譜


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若い学会員さんには、あまり馴染みのない人物かもしれないですね。
というか、学会が雑誌や新聞、あるいは時の政治家、宗門から総攻撃を受けていた時代すら知らないかもしれない。

学会批判といえば、思いつくのはネットの罵声、あるいは「学会キライ」…そういう身近な友人知人たちの声ぐらいなものでしょうか(笑)

創価学会を脱退し、批判あるいは攻撃に転じる人たちを論じる記述は多々ありますが、
元顧問弁護士・山崎○友、元教学部長・原島○たちの名を挙げることが多いようです。
私のほうからは論じることは差し控えます(笑)

そのかわり…と言っては何ですが、 「乙骨正○」 氏を考えてみたいと思います。



■序章

私を含め(笑)、ネットで信心について エラソウナコト を書いている人は少なくありません。

少しこれには疑問なのですが、
中には、正式な書物・機関誌などがあるにも関わらず、まるで広報気取り、コメントコミュにティを形成し、挙句そこで幹部・指導者気取りで書いているブログもあります。
私的文章はどこまでいって感想・意見の類いですから、誰かを「教導」することがエスカレートすると、極端な話、「自分教」に陥りますので、 こと信心の記述においては慎重に書くことが求められるのではないでしょうか。

ネットは安易な面もあります。手短です。
しかし
「現場の対話」と比べ、取扱いを慎重に分別しましょう。
それでもあえてネットで「伝え続ける」ことに、なんだか妙な使命感をいだいちゃった場合、一度謙虚に指導を受けることも肝要かと思います。
学会は指導主義ですからね(^_^)v

前置きはそのへんにして(笑)、
時折、なんとなー--く感じる「ネット(だけ)活動家」はもとより、
「俺は俺は」型人間の特徴 を、鋭く見極めてゆけることが
本質論からの「ナリスマシ」分析学であると、小生は思うのであります、 コホンッ( ̄ー ̄)

そのうえで、とっておきの 「俺は俺は型人間」 の題材として一考察を。


■乙骨正○、経歴

・昭和43年 : 創価中学入学(1期生!)

・昭和46年 : さまざまな理由から、創価高校に進学を断念し、錦城高校に入学。

・昭和51年 : 2浪し、創価大学入学(6期生)

・1年生、2年生時に、自治会の法学部執行委員長に立候補。 
  『創立者・池田先生の構想実現を~!!!』 …と熱烈に訴えるも、落選。

・昭和53年 : 在学中に、 「正信会」問題を契機に家族とともに脱会。

・昭和53年 :  「正信会」機関紙の継命新聞社にアルバイトとして勤務。

・昭和56年 : 「創価大学第6期生O君」として、共産党機関紙・赤旗に登場。


※以降、面倒なので略(笑)  だらだらと経歴を綴ってもしかたないので。  
 
まぁ、要するにその後は、自ら「発信者」の道を歩み、謀略の中心者となってゆくということです。 


■解説  ~そこから見えるもの

開校したばかりの創価学園に中学1期生として入学するわけですから相当なものです。
学園一期生ともなれば、皆さん学費の工面を含め、並々ならぬ苦労と決意で入学させる親御さん、ご本人さんのエピソードはたくさんの体験談とともに存在しますね。

さてしかし、さまざまな事情から創価高校への進学を断念したことは、彼にとって初めて味わう挫折なのかもしれません。
その後、他高(私立)に進学し、生徒会長に立候補、当選をはたしたそうです。
2浪して創価大学に入学。

入学後、さっそく学生自治会役員に立候補。(1年次、2年次) あえなく落選するわけですが、
そこで気になるのが、その「公約」、スローガンです。
ひじょうに勇ましいもので、『創立者・池田先生の構想実現を!』というもの。
背景の意気込みを考えれば、わからなくもないのですが、しかしここは学生自治会。唐突の感もあるわけです。

もとより、 《誰よりも目立ちたい》、この彼の行動心理を多くの人が感じていたそうです。
自己顕示欲の強さは、相当きつかったようです。
そもそも、そういう日常の言動を知る学友たちから支持を受けられるはずもなく、あえなく落選。 再度、落選。

自己顕示のための「師匠」利用----
そして、そこから発する自分中心に過ぎない訴えを 『認めてもらえなかった』 という逆恨み----
彼の変節の人生、逆恨みの人生が、この挫折に起因したものと思われます。

屈折した彼は、その逆恨みとともに、あろうことか180度反転。 宗門・坊主らに接近します。
そして、ついに1978年12月、学会を脱会。
翌79年4月ころには、彼が学生アルバイト先として勤めた継命新聞社(後に正信会の機関紙)で、(本稿冒頭に出した)Y氏、つまり山○正友と出会います。

そこで、あらゆる謀略体質、いくつもの虚構で作られた学会批判を徹底的に仕込まれたと言えます。
そして2年後、山○正友の手引きで「赤旗」に出没、創大生のコメントと称し、屁理屈だらけの創価大学批判を展開。
彼は、その屈折した自己顕示欲を受け入れられなかった腹いせに母校を売ったのです。
その後彼は継命新聞社にそのまま就職。
やがて編集長になり、のちに我々が名を知ることになる反学会ライター連中と出会い、共闘することになります。


■極悪とたたかう「ホシ」を見誤るなかれ

いわゆる、 「広布反逆者」をネットで語るときには、
ただただケシカランだけでなく、大事な「ホシ」を外してはいけないと思います。

元顧問弁護士だの、元教学部長だの、元副会長だの、元議員だの…

絶対厳禁の「派閥」をつくり、大モノ気取り。
現場に足を運ぶことはおろか、檀上から大言壮語、饒舌だけが目立ち、自ら汗もかかない。
「体裁」にこだわり、見栄っ張り。
自尊心だけは強く、諫言には逆上、とにかく「省みる」ことを知らない---。

あと、何だっけ(笑)
大幹部の二世(子息)だとか、学歴だけ長けて、チヤホヤ。
「甘やかした」といってはそれまでですが、
小さな「親分子分」をつくる間違いをおこす者もいたのでしょうね。 不幸なことです。

おや? 
なんだかネットでそういうの、プンプン臭ってきませんか?(笑)


よく考えれば、
広布反逆の極悪人だのと言っても、
その「」なんて、身近な所に転がっているのです



さて、しかしながら
実は学会は「起こした過ち」に寛大なのです。
幾度も再起の機会をもらえます。
福島源次郎も、不用意な発言で先生を窮地に追いやって、役職(副会長)を退きますが
先生は何度も再起のチャンスを与えます。
しかし、とうの本人にまるで「その気」がない…。
やはり、そこか… との感。

師の慈愛が届かない…
そりゃそうでしょう、「師」とも思っていなかった証左です。
彼らにとって、「師」は自分のための踏み台に過ぎなかったのです。

ほんとうに師の存在を心に持っていたのなら、
自分の体裁など構っていないでしょう。

いませんか? そういう、「恥」を気にする人。

ときに厳しい苦言を言ってくれる友もおらず、
「凄い人」で居続けたい自分---
組織、輪にあって、お山の大将ならぬ、「ちいさな山の大将」にならないようにしたいものです。

人間、やはり身近に苦言を言ってくれる人を持つべきですね。


さてネット。
安易に“満たされる”ネットの居心地に、 やがて「魔」はつけ込むのかも知れません。
いつしか肥大化し、反転しないとは誰もわからないものです。

見破るには、その人のいざというとき、出た発言をご覧いただくとよいと思います。
ほれほれ、思い当たるフシはありませんか?(笑)

ありましたよね?
そう、
何をまもろうとしてるのか?---
何とたたかっているのか?---


「先生の構想」が、 組織維持のちっぽけなものであるはずがありません。


■結び

多くはもうよいでしょう。
炎の如く、にわかに奮い立つ姿も、さぞ勇ましい。
しかし、それを先生はしっかりと見抜き、指導くさだいます。


学会草創期、 人材トップをゆく若き精鋭たちに先生はこう言います。

『この中に将来、退転する人物がいるかもしれないんだよ』
『いいえ、断じて我々は生涯先生とともに…』
『そうか。うん。 しかし、それ程 魔の力は大きいんだよ。』

---先生がおしゃりたいこと、ものすごく重いですね。


さて、あくまで一般論です。
単刀直入に申しますと、本気でネットで広宣流布ができると思う人っているのでしょうか?
その確信があるのかないのか定かではありませんが、
とにかく思う事は、そうであろう方々が、連日のブログ更新ができること自体、不思議で仕方ないのですが…。

よくよく見ると、コピペの乱造。
それを見て称賛の嵐(笑)

おいおい、ネット学会員の皆さん
それほど指導に飢えているのですか?(笑)


今の自分の姿に、酔っているだけではないか? …自問自答の日々でありたいものです。


中之島公会堂
大阪事件・師弟の絆の地、中之島公会堂 (写真:宮部蔵之介)


※初稿、2015年1月15日に期間限定公開。 保存記事より再編集のうえ再公開。


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【2017/07/30 15:15】 | ◇人生哲学
|
2014年10月からTwitterを始めました。

手探りの状態から、今は貴重な情報源になっています。
どのような方々をフォローするかにも寄りますが、多様な意見をフォローした方々が「運んでくれる」のも魅了です。

これは、ネットでニュースを漁ったり、長らくブログやWEB掲示板でのコミュニケーションに縁してきたこととは、ひと味もふた味も違うものがあります。
もちろん、いろんな情報に接しても、受け手であある自分がうまく消化できる力がないといけませんね。


また、リプライといって、よそ様の意見に「自分の意見を添える」ことも可能です。
そこでは礼節をまもることは言うまでもありません。

ただ、ここでいう礼節とは、「おべっか」とは違います「。
「波風をおこさない」だとか、ただ仲良くしたいのなら、リプライはお勧めしません。
よくブログコメント・コミュ二ティにありがちな、主宰者へのおべっか(嫌われたくないあまり、あまり反論はしないなど)はTwittreではあまり見かけません。

なぜならば、お互いがフォロー・フォロワーとして対等であり、無理におべっかを言う必要もないのです。
意見があれば賛否自由にリプライします。
特定のブログコミュニティを「巣」にする必要はまったくありません。

ただ、中には「ReTweet」専門という方もいて、それはそれでフォロワーへの意見表明にもなりますし、
多様な意見に対し、個人的な感想として「イイネ」を伝えるだけも可能です。
うまく使い分けながら、ある意味自分の中での「温度差」を表現しています。


なお、個人的に特筆すべき「面白い部分」は、投稿文字数が限られている点です。
いかにその制限数の中で、コンパクトに言いたいことをまとめ上げるか?そこがまた腕の見せどころです(笑)
ただダラダラと書くというより、ショートコラムのように要点を絞り、どうやって伝えるかが大事です。
その意味で、リプライ(相手の意見を引用)を巧く使ってゆくことも一つの技法です。





そういえば、こういった「はっ」とさせられる意見を拝見しました。
とくに興味があったわけではありません。
たまたま縁するのもTwitterの醍醐味。
「へぇ~、こんな発想もあったんだ」というか、全面賛成というわけじゃないのですが、
「唸る」といった感の、個人的にそう感じました。



これには、とくに私のほうからは議論に「介入」するつもりもありませんでしたので、
リプライもリツィートもせず、ただ「イイネ」を付けさせていただきました。
「そういう発想もあるんだな」という意味で。

もし、これが我が子なら、ちょっと話の根底から違ってきます。
戸惑ってしまうのも親として当然です。

ただ、社会には自分の持つ世界とは違ったことを平気でおこなう人(子)もいます。
在学中に懐妊なんて、少なくとも私の縁してきた学校生活では考えられないことでした。
その存在を前提に、社会としてどうあるべきか?
また、教育指導にある立場、はたまた学校現場、いろんな立場で対応に苦慮するのが当然です。
ルールをつくり、ルールを管理する立場、ルールができ背景・目的があったはずです。
そこを考えれば、「遵守する」ことが、集団の利益や価値をまもることになるはずです。
その一方、ルールありきでいいのか? ルールが果たして公益にかなっているのか? 
はたまた、少数の権利はまもられているか?等々、 いろんな考えがあって当然ですね。
立場によってかわってくる苦渋の選択もあるでしょう。

ただ、「どこ本位」であるべきか?
今流行りの 「どこどこファースト」 という基準は、けっして大げさではないはずですね。





次に、話は変わって、
本日の記事のおわりにもうひとつご紹介。

その「意図」は、記事をご覧のとおり。



う~ん、唸る。
ダメダメ自己暗示をかけてしまうという戒め---。

でも、それを逆手にとって 
どんな困難なことだって、「きっと○○になる!」 と口に出して言い続けてみるべし。

---きっと叶っているから。





唸る記事は多々あります。
ますます これからも、目が離せない(笑)Twitterです。
うまく付き合いたいと思います。


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(現在、恐れ多くも300名近くのフォロワーの方がご覧頂いております。感謝申し上げます。)



【2017/07/26 06:00】 | ◇日々徒然
|
ある日、所用があって南海電車で。
南海電車は関空(関西国際空港)と都心を結ぶ動脈---。


(タドタドしい日本語で)
女の子 『○○(地名)へは、どの駅ですか?』
私    『あー、それならコチラ』 『同じだよ、僕も一緒。おいで。』

わざと、細切れのカンタンな日本語で答えました。

(二人)  ニッコリ

混まない時間帯だったので、ゆったり並んで座りました。

私     『ところで、どちらから?』
女の子  『韓国です』

最近は便利なもので、翻訳機能アプリがあるので
カタコトの韓国語で少し質問などをしました。
とはいうものの、韓国の若者は日本人に比べ英語を喋れる人が多いらしいので、
こちらもわざわざ翻訳機能をつかって韓国語にしなくても、
私のカタコトの英語レベルでも、たいして変わりなく、むしろ操作不要な分、楽でした。

私     『なぜ一人なの?』
女の子  『飛行機に乗り遅れちゃって、友達は先にホテルに行ってるんです』

いくらか日本の印象を語りあいながら、時間が流れてゆきました。

聞くところによると、もう何度目かの来日(観光)だそうで、
今回もUSJを楽しみにしているそう。

大阪にはほんとうに増えましたね、外国からのお客さん。
インバウンド効果、もう凄いですよ、最近は。
経済効果もさることながら、昨今は国と国でいろんな揉め事があるわけですが、
こうして、一人また一人が、日本を知っていただくことが近道なんでしょうね。


---到着。

私      『気をつけてね、大阪を楽しんでくださいね。』
女の子   『ありがとうございました。』


うちの娘よりちょこっと年齢が上なだけの、まぁ娘のような女の子。
少し親目線で、道中の安全を・・・と思いました。


最後に、別れ際
ゴソゴソッと何やら鞄から…。

『ハイ』 って、くれました(笑)

それがこれ。
思い出

ね、 ちゃんとハングル文字が。

なるほど、なるほど(^.^)




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【2017/07/21 00:01】 | ◇日々徒然
|
今年もまた、「淀川わんどクリーン大作戦」に参加してきました!


■「淀川わんどクリーン大作戦」って何?---

ザックリ言えば国土交通省・淀川河川事務所が主催する、淀川河川敷の清掃ボランティア活動なのですが、
まぁ、先ずはこれ。

これなど、現地の様子をうまく伝えていますよ。

※クリック→「淀川わんどクリーン大作戦

2017わんど - コピー

毎年、民間企業のCSRの取り組みの一環として、企業あるいは有志で多々参加しています。
また、もちろん多くの個人参加の方も。
以下、私の勤め先のサイトではありませんが、イベントのあらましを詳しく紹介されていると思いましたので、抜粋して転載させて頂きます。

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(A社)
今年も「淀川わんどクリーン大作戦」に行ってきました。
「淀川わんどクリーン大作戦」は、7月の河川愛護月間の取組みです。
淀川河川事務所が主催し、淀川水系イタセンパラ保全市民ネットワークの協力を得て実施しています。
この取組みは、ラジオ番組の呼びかけから始まり、
淀川の貴重な環境を守っていくために一斉清掃を続けてきたということです。

この日、国土交通省職員、地元住民、民間会社等推定300人が参加し、淀川河川敷菅原城北大橋下に集合しました。
当社社員の参加者○○名です。
国土交通省職員からのご挨拶のあと、一斉清掃を行いました。
その後、淀川環境委員の河合先生による淀川に生息する従来魚と外来魚の状況や
実際捕獲した魚を披露した講演が開催されました。
また外来魚駆除として網を張って生息している魚を捕獲し、捕獲した外来魚の説明が行われました。
清掃活動を通じて淀川流域への改善意識・改善行動を感じ、環境保全への意識向上となりました。

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(R法人)
昨日は、淀川河川事務所(国交省)主催の淀川"わんど"クリーン大作戦が開催され、
公称400人もの市民ボランティアが水辺の清掃を行いました。
イタセンネットも、当初予定の活動日を前倒しして合流しました。
いつもならゴミ拾いに慣れた「環境保全クラブ」メンバーもゴミを見つけられないほど、
人海戦術というのは強力だと思い知らされました。

10時から1時間ほどの清掃活動の後、淀川の"守護神"と私が呼びたく思う
河合典彦先生が登場し、講演及び実演が城北ワンドの特設野外ステージで行われました。
淀川の河川回収の歴史から魚介類が生息する水辺環境保全に至るまで、淀川一筋に50年を伴にした人は居りますまい。

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■不思議さと、歴史と、魅力がいっぱいな〝わんど〟

ただ、この「わんど」という、おそらく全国の皆さんには聞きなれない名称だと思います。
この環境保全の取り組みについて、もう一歩踏み込めば、とても面白い淀川の歴史が見えてきます。

※参考資料 ( 〝わんど〟とは?)
淀川のわんど
ワンドを楽しむ


こちらは昨年のPR写真のトリミングですが、〝わんど〟の姿がよくわかる写真になっています。

2016わんど - コピー

先ほどのリンク先に淀川の歴史、わんどの歴史について解りやすく解説がありましたが、
私のほうからも、おもいっきりゆるい解説を(笑)---

 淀川は近畿の水瓶(みずがめ)と呼ばれる、日本最大の湖・琵琶湖(びわこ)から唯一流れ出る川です。
途中、いろんな支流からも合流し、大阪湾まで流れ出ます。
古くから、京の都と大坂を結ぶ水運の要でもあります。
近代(明治)になって蒸気船の運行にあたり、支障となったのが水深。
そこで明治政府は河川改修に挑みます。

 当時の淀川はかなり蛇行し、河川敷や大小いくつもの中州を含め、流域の幅もあり、
それに伴い流れも緩やかで、結果的に土砂が堆積しやすく浅い水深になっていました。
それまでの木造小型舟ではよかったものの、蒸汽船(川蒸気)の運行には向いていませんでした。

 そこでどんな方法でこの難題の解決のための河川改修をおこなったか?
先ずは、蛇行した川を「水制」を施し、意図的に「流れ」をコントロールするところから始めました。
流れをコントロールし、本流の土砂の堆積を排除することが狙いでした。

この写真がその姿です。

淀川の水制(わんどの原型) - コピー

それにしても、現代の浚渫(しゅんせつ)工事など用いることができない時代に、
こんな発想(=水制)でやろうってアイデア、スゴ過ぎです。

やがてその水制の先端に、本流から土砂が堆積し、やがて塊となり、水制は囲まれた池のような形になってゆきます。
これが〝わんど〟です。
主目的たる淀川の河川改修に伴う、人工的な副産物です。
しかしながら、そこには特筆すべき「授かり物」が出来たのです。---

その、周囲と隔絶された〝池〟は、独自の生態系を作り出してゆきます。
いわば、「ガラパゴス」状態。
やがてイタセンパラの生息地として大切な場所となってゆきます。

※イタセンパラは、天然記念物 (文化財保護法) と、国内希少野生動植物種 (種の保存法) に指定されています。
しかし現在は、外来種のブラックバスや、ブルーギルの影響などで、絶滅に近い状態にある魚です。


そのため、今ではいろんな環境保全の取り組みがなされています。
清掃活動もその一環ですが、在来種保護のための外来種駆除に加え、混入の防止、
また、物理的に水制の整備、補修など不断の努力も重ねられています。


■わんどクリーン大作戦に参加して

もう何回目の参加になったでしょうか、
最初は『何もこんなクソ暑い時期にやらんでもええんとちゃうん?』と思っていました(笑)
でもそんな愚痴も、何度も参加しているうち慣れっこになり、暑さ対策に自然と向き合っていました。
職業的に暑さに慣れているとはいえ、もうこんな年齢なんだし、油断はできません。
実は今年は初めて帽子をかぶって参加しました。意外でしょ?

もう慣れていて、実は複雑な〝中州〟の中の「けもの道」にも詳しくなってしまいました。
釣り人も多く、本流側ではなく、殆どが〝わんど〟側に竿を立てています。
殆どの人はマナーがあるとは思いますが、中には心ない人たちによるゴミの投棄があるのも事実です。
摩訶不思議なゴミもあったり、驚かされる事もあります。
暑い暑いとボヤキながらも、なんとなく頑張ってしまうものです。
多くの「戦利品」を目指し、一歩また一歩、奥へ奥へと歩きます。

終了後、リンク先にもあるように、「お勉強」の時間も。
淀川に架かる菅原城北大橋の橋ケタの下(屋根のような状態)は、まるで臨時のシンポジウム会場。
たいへんヨカッタです。


何か環境保全に貢献したい---
そんな人も多いかと思います。
社会貢献といえば大げさですが、いろんな扉を開けるのも大事なことだと思います。

地元には多くのそんなイベントがあるはずです。
とくに、自然と向き合う場所の場合、いろんな発見がありますので、写真を撮ったりしてみてはいかがでしょう?
もちろん、お掃除はしっかりと(笑)

お疲れ様でした。
また来年も来ます。


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【追記】

「地形散歩」という言葉をご存知でしょうか?

私は元々、地図を見るのが好きですし、
現在の地形が、以前はどうであったか?など、とても興味が湧きます。

こんな会にも一応、属しています。
大阪高低差学会
(あまり参加する時間が取れないのですが…)

普段、何気なく見たり通ったりするものも、昔は随分と違っていたりします。
そのルーツを知ること(探ること)には、とてもワクワクします。
最近は、それを訪ね歩き写真に撮ったりと、新しい楽しみが増えてきました。

今回のイベントの主眼は環境保全ですが、それはそれとして
淀川のルーツが満載の「わんど」に、その興味は尽きません。


でも、それもそれとして、
なんだか、イタセンパラを飼ってみたくなりました ヽ(^o^)丿(無理・笑)




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【2017/07/16 00:01】 | ◇日々徒然
|