すぐ傍にあるしあわせ
ツレと二人でタクシーに乗りました。

運転手  『ほな、1800円です』
客、    『ちょうど3人で割ったら600円か・・・』
運転手  『なんでワシまで人数に入ってんの!』


大阪のノリは、いつも愉快。


じゃ、また。



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【2016/11/30 00:01】 | ◇日々徒然
|
身障者関連や高齢者福祉について、
とくに興味もないし、使命感もない。
ましてや、ライフワークにするつもりも毛頭ない。
でも、実は福祉系資格は持っている。
だから…といった感も殆どない。
そういう職についたこともないし、今もそう。無縁。
偉そうに、どういった福祉関連の思想を持っているから…なんて意識をしたこともない。
十数年前まで、亡き母の介護があったぐらいだ。
(その関連記事は、今はなき“前ブログ”に書き留めたのだが…)

ただ、日常での「気づき」については「行動面」での自負はある。
そう、イザというとき、どう「カラダが即座に反応するか」が、もっとも大事なんだと思う。
だからこそ、僕はそれに沿って動く。


■されど、「段差」。  ~この高低差は手強いぞ。

『あ、あぶない!』------
突如、それは訪れた。

地元の駅前、まもなく信号だ。

腰のやたら曲がったオバァちゃんがカートを押して渡っているのが見えた。
スローな動きに、
『渡り切れるなかぁ…』 と思った。
『やばいなぁ、無理そうだ。』

最後の最後、僅かな歩道の段差が行く手を阻んだ。
オバァちゃんは車道側に取り残され、
車道の車を塞ぐ形に---。
『あぶねー』

信号の数メートル手前から猛ダッシュ!
先に近くにいた女性が介助しているのが見えた。
が、このまま車道にいたら、二人とも危ない。
私はとっさに車道に入り、
往来の車との間に入り、オバァちゃんの背中をカバーしつつ、
手を広げて車に 『避けてください』なゼスチャーで二人をカバーした。

が、なかなかオバァちゃんは、それ以上に前に進まない。何故???
足元をみると、ほんの僅かな段差。
たったこれ程の段差がオバァちゃんにとっては、まさに「壁」となっていた。

注意しないといけないことがある。
カートと腕を伸ばした体との差(バランス)が崩れると、おそらくカートだけが前に進み、
オバァちゃんの手は支え続けることはできす、前のめりで転んでしまうだろう。

(※高齢者は、僅かな転倒でも簡単に骨折をしてしまう。
高齢者の骨折は長引き、そのまま寝たきり、寿命さえ縮めてしまうことだってある。
そんなキッカケになっては一大事だ。
良かれと思った手助けが、事と次第によっては大きな責任をも含んでいる。
高齢者に対する思いやりの手助けとは、そういうことだ。)

たったこれだけのことだけれども、オバァちゃんのにとってはようやくの脱出劇。
とりあえず、ヨカッタ。
女性のとっさの行動も、お疲れさま。
素晴らしい反応だったね。


だが、よくよく考えれば、
高齢者にとって、街歩きは大変なことなんだと痛切に感じた。
だからといって、家に閉じこもっていたら健康にも良くない。
だけども、困難と危険の連続だということ。

いつかは自分も歳をとる。
なんだこれぐらい、といったものが
とんでもなく立ちはだかることだってあることだろう。


次に、
こんどは、所用で神戸に行ったときだった---

長田区の山の手は、やはり坂の町。
普通のコンビニすら、普通でなかった。

こんなところばかりじゃないんだろうけど、
なんとも、入り口がかなりの段差だ。
申し訳ない程度に、その段差の横を30度ぐらいの「スロープ」もどきはある。
が、階段の一歩すら登るのに困難なお客さんにとっては、
もはや「来なくていいよ」みたいな崖のようだった。

私が商品の清算をし、店を出る時、
案の定、店先で立ち往生したおばちゃんがいた。
さほど高齢というほどではなかったが、やはり何がしかの身体機能に難があるようだ。

私ができることは、『何か手伝いましょうか』 から。
『(店に)行きたいんやけど、足が…』
『ほんなら、僕の腕を持てます?、持ってー。』
ヨイショっ。 ふーっ。
『すんません』『いえいえ。』

ほんま、たいへんですわ。
なんでこんな段差なんやろ。
普通の、ありふれた風景かもしれませんが、
そのことすら、たいへんな思いをして生活している人たちがいる---


でもね、
私らがいる。
どこにでも 「私(あなた)」 がいる。

躊躇したら、あきまへん。
恥ずかしがったら、あきまへん。
やれること、なんぼでも(いくらでも)あるんです。

福祉に興味がある、とか
ボランティアしたい、とか
ええんですけど、
その前に、目の前の日常に、「気づく」かどうか---- ですよね。


そういえば、以前こういう記事も書きました。

 ◇何を躊躇しているのだろう?
  ※当ブログ・カテゴリー : 人生観・福祉共生より



「見て見ぬふり」とまでは申しません。

ただ、
『なにも、俺じゃなくても…』 といったものが あるのでしょうか。

口では皆さん、イイことをおっしゃるんです。
でも、どんなスタディをしても、
どんなに、イイ計画(ビジョン)を持っていても、

ほんとうに「あなたの力」を必要としている瞬間って、
突如やってくるんです!

何を考えているか?ではなく、
その瞬間、何ができるか?です。

まことに僭越ながら、
「ここをお忘れなく。」です。





本日の記事の終わりに----

私、 「耳」 悪いです。
悔しいです。

もし、普通だったなら
もっと人の輪の中に入って、クダラナイ話だってもっとできたでしょう。
クダラナイ話のなかからこそ、人脈はできるものです。
職場で私が足りないものは、そこだと、よぉく知っています。

でもね、怖いんですよ。
何が?
---何度も聴き直すのが。
「え?なんて?」
「え?」
嫌でね、これが。

ああ、
だからといって孤立してんじゃないですよ。
ちゃんとコミュニケーションとって、普通にはやっています。

ただ、「もう一歩」が足りない。。。

足りない理由が、
聞こえなくて、聞き直すのは嫌…なんです。

こんなこと、言ったことなかったっけ。


それでも、根が明るいし、サービス精神旺盛なほうだから
初対面だろうが、知らない人にだって、何の躊躇もなく飛び込んでゆける。へっちゃら。
だけど…


人はいろんな事を抱えているわけ。
弱みや、ハンデキャップ。
自分だけじゃない。

だけじゃないから、こそ
分ってあげなきゃ。
近づいてあげなきゃ。

スローガンや、パフォーマンスは、もういいってば。
自然に、自然にやろうや。

やれること、
沢山、そこいらへんに なんぼでも転がっているから。




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【2016/11/29 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
|
「逃げ恥ダンス」 (恋ダンス)が大流行だとか。

おっちゃん(私)も、ぎこちなく踊れる(笑)


ドラマ、「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌で、
ドラマ主演の一人でもある星野源さんが歌います。



この、 「逃げるは恥だが役に立つ」 という言葉----、
実はこれ、ハンガリー語のことわざで、

「Szégyen a futás, de hasznos.」

直訳すると、 「自分の戦う場所を選べ」 という意味だそうです。

つまり、
「自分の土俵で戦え」
「自分の得意分野で勝負しろ」 でしょうか。


そういえば、 
ドラマで星野源さん演じる 「津崎 平匡(つざき ひらまさ)」 くんは不器用ですね。
でも、すっごくイイところをお持ちです。

「イイところ」 は自分の武器ですし、そこは「勝てる」んです。

つまり、
「逃げるは恥だが役に立つ」 をあてはめると、

「イイところ」「得意分野」であるからこそ「勝てる」…
勝てるから「役に立つ」 ということですね。

いやぁ、イイ(笑)





僭越ながら、
私もずっとそうしてきた。
背伸びなんかしても、長続きなんかしない。

自分のスタイル、流儀って誰にもあると思う。
私の職業ひとつとっても、
やること(業務)は定まっている。
どんなお仕事?って聞かれたら、「こうこう」と答える。

でも、
「強みを活かす」 という視点でみれば、さまざまなものがあって、
皆、アプローチが異なる。

ルールはある。
踏み外して「自分勝手」なことをやることとは全く違う。

「自分流」と言ってのけることには違和感もあって、そうは表現したくない。
「強みを活かす」 とは、自分「流」(流れ)をつくることではない、と私は思う。

「自分勝手な道」を作るんじゃなくって、アプローチの話なんですね。
ここ、重要ですよ(笑)



今日も明日も、
強みが「役に立つ」よう、頑張ってコ!





娘の友達、
学園祭で私を初めて視て
「優しそうなお父さんやね」って言ってたそうな。

おおっ、嬉しいねぇ( ̄▽ ̄)

まぁ、 まさか家で「逃げ恥ダンス」を踊っている姿なんぞ、想定外だろうけど(笑)


「お茶目なオヤジ」---

それが強みだな、うん( `ー´)ノ




※追伸、 「逃げ恥ダンス」がものすごい勢いの中、盛んにYouTubeでもダンスをアップしている。
そんな中、星野源さん「違法だとか気にせずどんどんやって」との事。 太っ腹だね(^O^)b



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【2016/11/27 00:01】 | ◇日々徒然
|
■華やかな学び舎、何十年も前の「こんな時期もあったよな」----


過日、娘の学校の学園祭に行ってきました。
晴天に恵まれ、寒さも和らいだ穏やかな日中でした。

学園祭といえば、華やかな模擬店や音楽ステージがイメージされますが、
一方で、展示やプレゼン系は理系校らしく凝ったものばかり。
唸らせるような製作もあり、学生の力量に感服したものもありました。

私立校のような立派な建物ではありませんので、
普段は正直言ってボロっちい校舎も、この日ばかりはお化粧をしたような感じでした。

我が娘は?といえば、
教室での実験展示で、来訪者さんへの「薬品注入」のお世話係。

うん、しっかりやっていました (;^ω^)



■少し、小難しいことを、ふと想う-----

私と妻はそのあと、校内をウロウロ。
メカ系の展示で学生から“プレゼン”を受けました。
アイデアと工夫で、課題に沿ったメカニカルな、「緊急事態」のための道具のひとつでした。
各班ごとに、いろんな着眼点があり、それぞれ全く違ったのが出来上がっていました。
同じテーマであっても、ゴールが異なる点はかなり面白かったです。

ある班。
「何かご質問はありませんか」 と問われたので、僭越ながら意見を述べさせて頂きました。
『緊急時の混乱で、ヒューマンエラーを始めから想定した発想はよかったと思います。』

何故かといえば、
技術者として彼らがこれから沢山の「ものづくり」に携わるとき、
たゆまなく、また貪欲に、高度な技術を求め、時として、まだ「この世」にないものを作り上げるときに、
ふと忘れがちな、「人間」の心理、行動、倫理といったものが「技術」とともにあるべきだと、
「未来」を育てる多くの先生方が警鐘を鳴らしておられます。
これらが「リベラルアーツ」という考え方の一環で、
物凄く簡単に言えば、理系と文系をミックスした技術思想です。

その「考え」のもととなるものとは---
技術が高度になるにつれ人間のコントロールを越えてゆきます。
例えば、はるか昔、人類は「道具」を手に入れました。
木を削る道具、人の生活をだんだんと豊かにしてゆきました。
それがやがて、人どうしが争う武器となります---。
現代を見渡してもそうです。
便利な科学技術は、犯罪にも転用できます。
安全を目指したものであっても、使う人の「倫理」がなければ、ヒトゴロシの道具にも変わります。
したがって、理科学分野のそれも、倫理や人間の行動心理をも視野に入れた開発がないと、
一瞬にしてモノの「役割」を変えてしまうのです。

この「リベラルアーツ」を言い換えれば、全方位とでも言いましょうか、
我が恩師は『全体人間たれ』と指導くださいましたが、まさにそれだと感じます。



■ぞろぞろ、また歩く-----

バンドステージ。
最近の子はうまくなったなぁ…
おっちゃんの若い頃は、もっとトチったものだ。
でも、もっと笑顔で弾けなきゃ(笑)
おっちゃんは、もっとステージいっぱい動き回ったゾ。
今の子は恥ずかしがり屋が多いのかな?

屋台。
いいね!やっぱ。
おっちゃんね、実は綿菓子機の操作が上手いんだ(笑)
目を引いたのは、“粉モン”のオリジナル。
うまくやりやがったなーって感想。あれはコストの割にボリューム感がある。
但し、不味かった(オチ)



■すっかり大きくなった我が子の成長に----

忙しく動き回る姿を見て、やはり家で見せる姿とは違った一面も。
男の子が多い中、うまくやっているのかなぁと思いつつ、
まったくそんな心配も要らないぐらいに溶け込んでいたようです。
月並な言い方になりますが、
思春期のいろんな出来事とともに、一歩一歩成長してゆくのですね。
娘が自分で選んだ学びの道(分野)ですから、
父親の私は、遠巻きにそっと見守り続けて行こうと思います。---


 ◇


ハイ、ここでNHKの番組、「ドキュメント72時間」なら、
松崎ナオさんの「川べりの家」♪が流れるタイミングです(笑)


時計台
(写真:宮部生蔵)


さ、今夜はお鍋だ。

お帰りー。




クリックありがとう


( `ー´)ノ まいにちが発見だ。

♪サカナクション / 新宝島


【2016/11/24 00:01】 | ◇日々徒然
|
何気ない感想とともに綴ります。


私の住む街は、大阪市内の住宅/商業の混在地です。
家の周りは一戸建ての多い住宅地ですが、少し行くと国道と商店の並ぶ下町です。

通勤駅までの道に、国道があります。
その、早朝の道の「顔」も、30分刻みで随分と変わるものです。


5:00 物流トラックが多いですね。 人はまばら、たまにランニングの人が。

5:30 通勤の人がチラホラ。 
魚屋さんや、八百屋さんは店先で準備をしています。早いですね。

6:00 だんだんと人っ気が多くなります。 店先のお掃除も。
電気やガス検針のおばちゃんもいますね。

6:30 もう学生さんや、通勤の人が多く見えます。

7:00 バンやワゴンがよく走っていますね。職人さんたちが現場へ向かっています。

7:30 支援学校のバス待ちの親子がチラホラ。 今日も皆さん元気そうです(^◇^)
お母さんに連れられた、あるお嬢ちゃん (たぶん、ダウン症かな?) 
めちゃニコニコ、 めちゃカワイイ!  私、「行ってらっしゃーい」と手を振りました。

8:00 もう自転車の学生さんがいっぱい。みんな「エンジン」がかかっています。


私はこの時間レンジの中で通勤(家を出る)わけですが、
その時間帯によって「街の顔」の変化が、とても面白いですね。


KIMG0251.jpg
街角で。



-----さて、
そんな表情の我が街をでて、

私は、とある私鉄を使って移動していました。


実は、通勤時間帯に幼児連れの母子が電車に乗っていることは珍しく、
私はたまたま、その親子の前に立って乗っていました。
たぶん、1~2歳ぐらいかな? 小さなパンを食べていました。

いつものように、
私は「ニコニコ・ビーム」を発射!  (不審なオッサンだな、こりゃ・笑)
目が合ったとき、お子はハニカンデいます。 (そりゃそうだろな)

食べ終わった頃、駅に着きます。
親子が立ち上がったとき、若干まだ電車が動いています。

「あ、」
お子が少しよろけ、床に手を付きました。
私はとっさに起こし抱える手が出ました。
すると、
お子は私の手を握ってきました。

ああ、ママかパパと間違えたのかな?
ママさんが、笑いながら 「あ、間違ったのー」って(笑)
ニコリとしながら軽く会釈。
私もニコリ。

たぶん、だけど
子どものいる「パパ」って、それなりのオーラがあるんだって、
うちの嫁さんも言ってたっけ。


微笑ましい一コマが、
朝の私の 「栄養ドリンク」… いや、「100%天然果汁ジュース」となってくれました。

なんか、幼い頃の娘を思い出しました。
カワイイなぁ。。。


わが子が学生になり、
「子育て」も ひと段落した感もあって、
なんだか、無性に「懐かしい」わけです。





ふぅ~、
仕事を終えて家路につき、
また何気ない我が家の日常のひとコマがそこにあります。

懐かしい幼い頃の、我が子の姿を思い出していたそのアタマん中を、切り替えできずにいた私。
家に着くなり、
娘を見て一言。

『 あ、 でか。 』 (大きい)


※べつに太っているわけではありません。
彼女の名誉のために言っておきます(笑)




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(11.18予約投稿)


【2016/11/18 11:18】 | ◇日々徒然
|
過日、職場の後輩が退職しました。

私と同じ、中途入社の妻帯者。
仮に「A君」とします。

以前から職場への不満を聞いてはいたのですが、
業務上のトラブルがとうとう引き金となってしまいました。

思えば、彼が入社した頃、
私も他人事とは思えず、
同じく転職したての4人を加え、5人に向かってこう言いました。

『これからってタイミングで、変な言い方ですまないけど、
もし、もし…だけどね、
どうしようもなくなって辞めようと思ったとき、
いの一番に、僕に話を聞かせてほしい。』

と言いました。

転職でいろんな辛いことを経験してきたつもりなので、
リアルなもの言いになったけど、本心でした。

ちょっと面食らったかな?と思ったけど、
5人は、それまでの不安が晴れたかのような表情で、元気に「ハイ」と言ってくれた。


中途採用の、社会人経験のある5人なので、
真剣に導入教育に励んでいました。
私の入社の頃を思い出しました。

甘やかしはしませんでしたが、よく話を聞き、『女房子供のために一緒に頑張ろう』と、エールとともに
職場で「泳ぐ術」をアドバイスもしたものです。

なぜかしら、あの時の言葉に感動してくれ(笑)、
以降、彼らは私を慕ってくれました。
とくにA君は、私の同僚からも 『 あいつ、宮部をリスペクトしとるなぁ』 と言われてしまう始末。

とまぁ書いてしまえば、気恥ずかしいのですが
べつに私は出来のいい先輩でも上司でもないので、
なんだかちょっと、そこらへんが痒くなりそうでした(汗)
まぁ、頑張ってほしいという思いは真剣でしたけど。



----それから日々は流れ、
私は転勤となり、彼らの仕事ぶりに、じかに接することはなくなりましたが、
同じ部でしたので、何かと会う機会もありました。

実はあまりよくない評判もあったのは正直な話。
少し、気にはなっていましたが
なにぶん、離れていますので、できる事とできない事があったのは事実です。

ほどなくして例の現場トラブル。
まさか、A君が関与しているとは思ってもみませんでした。
当事者ではありませんでしたが、かなり責任も負うていたようです。
事後のミーテングに参加し、事の次第を聞くこととなりましたが、
かなり荒れたものとなりました。

しかし、拠点の違う離れた状況。
打つ手も少なく、
残念な結果が待っていました。



ある休日、A君からの一本の電話。

『退職します。
その前に、先ず宮部さんに言いたくて…』
『もう、決めたんか?』
『はい…』

そんな始まりでした。
一時間ほどの長話となりました。


せっかく技能資格なども修得してきたわけですし、
なくてはならない人材だということは、会社も同僚もわかっています。
理解している仲間がいる限り、いつかは「あんな日もあったね」となると思います。
そういった、ごくありふれた話もしつつ、
説得というよりも、彼なりの「怒り」を一つ一つ聞きながら、
ほぐしてゆきました。

残念な結果です。


私はここ(ブログ)で、 「イイ先輩」を演じようとは思いません。 そういうブログではないので…。
ただ、赤裸々に、
「何の力もなかった」 というご報告にすぎません。


『もし、もし…だけどね、
どうしようもなくなって辞めようと思ったとき、
いの一番に、僕に話を聞かせてほしい。』

そんな、偉そうな励ましをしたあの日の言葉も、
今は虚しく、
こうした結果を迎えることとなりました。


この本人の決断が、よい結果として未来を生むものなのか、
それとも悪い将来を迎えてしまうのか、
私にはわかりません。

世の中を見渡せば、
そう簡単なものではないのは分ります。

電話の向こう、彼の明るい「自信」が本当のものなのか、
それとも、心配させまいとした姿なのか、それもわかりません。


思いおこせば、
あの、「トラブル」を聞いたとき、
A君を預かる、私の同期に

『もし、そっちがよければ、俺ん所で預かるよ』

そう、伝えたのですが叶わず、
手の届かぬまま、この日を迎えました。
もっと、強くそうはたらいていたなれば…と思いつつも、
人事にはそう易々と介入はできません。

これも、そうなる運命(さだめ)だったのでしょうか。
人の一生はわかりません。
「その人」によくても、「この人」にとってどうか?なんて、当てはまるとは限らないものです。


私は、彼(A君)が、あの5人の中で、とくに
ある意味、とても「不器用な男」だと感じておりました。

それは、
私に似ている部分があると、感じたからです。

『彼を 〝セーブ″させるのは俺しかいないかも?』
…そうとも感じていました。



ほろ苦い、1ページとなりました。



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【2016/11/04 00:20】 | ◇日々徒然
|