すぐ傍にあるしあわせ
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(2016.5.4初稿 ~ 加筆、再掲)

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筋電義手とは? ←クリック (Wikipedia)

※日本では障害者自立支援法の対象外。

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■Twitterを通じて

関西ローカル番組で特集がありました。
今回は、その番組を見ての後追いブログ記事。

既に、拙Twitterで投じてきました。
Twitterを通じ、思いもよらぬいろんな方と意見を交わせ、そして拡散します。
世論喚起といえば大袈裟となりますが、
Twitterのチカラを借りながら
議員や政党支持者を通じて、さらなる関心をたかめてほしいと願うばかりです。

Twitterは文字数に限りがあるものの、要点を凝縮し、言いたいことは既に以下のTweetのとおり。
だけど、どうしても言い足りないことを自分のブログで補足しました。
なお、願わくばTwitterアカウントをお持ちの方は、ぜひ関心の広がりにご協力を賜れば幸いです。





身体の部位が欠損した障がいをお持ちの方もさまざまです。
その中で、最新技術の発展で、機械のチカラによって「本来機能を補う」ことが可能となっている分野が出てきました。
その中のひとつ、筋電義手。

冒頭のWikipediaの解説にもあるように、実は日本におけるこの分野の広がりは以外に小さく、
待っているお子たちが本当に多いということを知りました。

最先端の技術の発展自体は素晴らしい。
でも、それが多くの(とくに)お子たちのところに届くまでは、
技術以上に、 「行政の隙間」が、大きな壁を作っているということを知りました。

今、問題になっているのが… というか、
問題にすらなっていないことが問題であって、
そのために、 「ここが問題だ」 ということを、広く知らしめたい のが、番組を見た私の思いです。





■ささやかな願い、切なる願い

障がいの子どもを授かった多くの親御さんには、いつも頭が下がる思い。
自責の念に苛まれ、悲しいでいる時間よりも、
その子の自立を願い、厳しく、甘やかすことなく接する姿が、余計に涙を誘う。

物心付いた頃に、自分の「人と違った部分」に気付く。
やがて、 「出来ないこと」に気付くわけです。

『グーばかりじゃなく、パーのお手手がほしい』

こうした表現の中に、どれだけの思いが詰まっているか、
想像しただけで、同じ親(目線)として、胸が張り裂けるぐらいの思いがよぎりました。

ただ、この「機械の手」があったからといって、全てが「生えてきた手」になるわけではありません。
でも、この「パー」に込めた思いの大きさに、せめてもの救いを、私たち大人は叶えてあげたいのです。





番組の後段、
こんどは、同じ障がいをお持ちの女の子。
彼女が、今回番組の“主人公”の男の子がつける筋電義手を、興味深く眺める姿に胸が詰まりました。
「興味深く」というより、「うらやましそうに」している…というのが、気持ちをよくあらわしているように思いました。

その女の子はピアノが大好きだそうで、器用に“6本の指”で弾いています。
右5本、左1本…指というより肘です。
何より、ご本人が「大好き」なピアノです。
それが健常者のように弾くことができない、つまり同じ「スタート」にも立てないことが、どれほどの悲しみ、辛さか。
ただ、この筋電義手があっても無理なのは事実です。
でも、切ない思いをほんの少しでも叶えてあげたい----。

私にはとても他人事のようには思えないのです。


しかし-----

ここからだよ、 もっとも大事なことは。



■届かぬ行政の隙間



さて----

「(医療)行政の隙間」 とは何でしょう? 

それは、たしかに「筋電義手」は保険適用です。
義手が多くの障がいをお持ちの方に役に立ち、けれども高額ゆえに大きな負担になる。
そこへ公費によって補助して差し上げたいという着眼点は素晴らしい。

が、従来の発想では「そこまで」なのです。

そこまでたどり着く条件が、現在「法の隙間」になっているのです。


その中身はTweetにあるとおり。
せっかくの筋電義手、素晴らしい技術です。
そしてこの高額な義手(約150万円するそうです)が、なんと健康保険適用で、最大自己負担が約4万円だそうです。

しかし---
このせっかくの保険適用に「条件」がつくのです。


筋電義手を使いこなすには特別な訓練が必要で、
その訓練機関(施設)において約3年ほどかかるそうです。
その3年の訓練を経て、やっと使いこなすことができます。
そこで医師による、『(筋電義手を)使いこなせていますよ』という、この“お墨付き”が必要なのです。
医師の認定によって初めて「保険適用」となります。

しかし、訓練に関わる費用については、
訓練用義手の使用等の経費も含め、3年間で約300万円もかかるのです。
この部分が保険の適用ができないそうです。


これが法の隙間。
せっかくの筋電義手の保険適用に関し、医師のお墨付きまで必要なプロセスがありながら、
その必要不可欠なプロセスに対し、何の公的支援、補助がないとは納得がゆきません。



■届かぬ行政の隙間を、どうか政治の力で埋めてほしい

医療行政の隙間や盲点を、どうか政治の力で埋めてほしい。
良識ある政治家が、縁の下の力持ちで前進させた功績は多々あります。
これまでもそうであったように、これらに光を。

今回のこの問題に対し、
先ずは「こういう矛盾が存在する」という事に政治が気づいていただき、
そして手を打っていただく。

政治の出番です。
「お願いする」じゃなく、
「やってもらわないと困る」んです。
そして、そのためには
私たちが声をあげてゆかねばなりません。

昨今、大流行(はやり)のデモや、ミエミエのパフォーマンスよりも
もっともっと時間を有効に使ってほしい。

もっと光をあてなければいけないことは山積しています。
それは現場に立たないと見えません。
「足元」で苦しんでいる人に気付く「アンテナ」を張ってほしい。







明日はきっといい日になる----

否、 いい日にしなければいけない。


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【2016/10/16 10:10】 | ◇くらしをまもる行政・政治への関心
|
ブログ村の皆さま、 まいど 『お邪魔しまん~、にゃわ』 でございます。

愛すべきキャラ、吉本新喜劇の井上竜夫こと「竜爺」が、
ほんとうに「三途の川」を渡ってしまいました。



土曜日のお昼すぎ、関西地方にとって「吉本新喜劇」の放送は
ずっと「あるのが自然」な状態です。

いつも同じギャグですが、「そろそろ来るぞ」との期待に、ちゃんと応えてくれます。
各キャラの、登場のシーンにも個性豊かで、
よくある定番は、

客 『邪魔すんでー』
  
主 『邪魔するんやったら、帰ってんかー』 
   
客 『あいよー』
客(ノリツッコミ) 『なんでやねん』



これは若手もベテランも混じって、よくやってくれます。

小学生もサラリーマンも真似をし、
突然に振ると、必ず返す…。  (ホンマにやります・笑)
もはや関西人の「証し」でしょう。


ベテラン勢は昔から自分ネタを持っています。

桑原和夫は、

『ごめんください。 どなたですか。 〇×△☆×△のカズちゃんです。
(ここで一人アドリブひとり会話が延々と続く)
お入りください。 ありがとう。』


そして、周りが ドテっとコケる。 (ここでコケないといけません。)


そんな中、
竜爺も、

お邪魔しまん~、にゃわ』 と登場し、 周りが ガクっとコケる…。

わかっていても、楽しい。
そんな吉本新喜劇の楽しい定番に、関西のお昼のひと時を、ほっこり幸せに導いてくれました。





さて、 大雑把に「吉本新喜劇」を解説します。

吉本新喜劇には数人の座長がいて、その座長を中心に舞台のローテーションが組まれています。

シゲ爺キャラの辻本茂雄、
毒舌奇才の小藪千豊、
KPP(顔パンパン)の川端泰史、
オトボケキャラの内場勝則
そして、今もっともホットな「すち子」キャラのすっちー。
多彩な面々です。

ひとりの座長が主宰する番に、
とくに固定メンバーというわけではありませんが、ある程度のおなじみメンバーで構成される場合が多いようです。

婆さんキャラの桑原和夫、 
ちっちゃいオッサン、池乃めだか、
「すんまへんアニキ!」で再ブレイクの島田一の介。
藍ちゃんこと、酒井藍のボケ/ツッコミにわたるトークは、今までの「いじられ女の子」の枠を超えた存在。
吉田裕の「乳首ドリルすな」「わーお、来えへんのかーい」の、すっちーとの絡みは一世を風靡(関西限定)をしました。
けんじ君こと清水けんじは、今や舞台の仕切りに欠かせない存在。
ボケボケじじいキャラの中川貴志に、けんじ君のイラつき熱演がたまりません(笑)
烏川も、諸見里も、ギターの松浦も頑張っています。
ベテラン脇役のポット帯谷孝史、全身グリーンの中条健一、死にかけキャラのMr.オクレ。
挙げたらきりがないのですが、みんな大ファンです。

その個性豊かな面々のなかにあって、欠かせない存在が竜爺でした。


その竜爺、
たまに警官の役をやります。
普通では考えられない「老人警官」です。

何かを言いかけます。
『え~、あ~』
かなかか要件を言い出しません。
周囲は、じっと我慢して聴き入っています。

まだ喋りません。
『あ~、 そうそう。 うん、そうかそうか』

まだ、話の中身が見えません。
自分で頷くばかり。

『はっはっはっは』
たまに笑います。
でも、何の事やら周囲はわかりません。

そのうち、だんだんと静かになりだします。
眠るように…
うとうと、と。

で、ほんとうに眠り出してしまいます。 しかも立ったまま(笑)

ついに、周囲が 『寝とんのかい!』と、竜爺巡査の頭を引っ叩きます。

はっと「我」に返った竜爺巡査は
ここで名セリフ、『三途の川が~ (見えた)』 とボケるのです。


ああ、この絡みも
もう見納めとなると、ほんとうに悲しいです。





関西、
とりわけ「大阪」の、明るい庶民性(もはや文化)をつくりに、ひと役もふた役もかってきた吉本新喜劇。
その静かな脇役、
けれども欠かせないベテラン脇役が今、
彼のギャグのひとつ、 『三途の川が~』 のとおり、
ほんとうに「三途の川」を渡る日がきたのです。

悲しいけれど、どこが思い出すたびに笑ってしまう…。

ありがとう、竜爺。


ご冥福をお祈りいたします。




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後輩芸人が明かした井上竜夫さん“新聞秘話”





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【2016/10/08 13:00】 | ◇日々徒然
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