すぐ傍にあるしあわせ
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◇Twitterだより (2016.8.21号)

今、どっちかというと、自分の中ではこっち(Twitter)がメインなので…





■その写真はこちら↓  勿論、「偏差値○○」を僕は小ばかにしていない。 娘のような年頃のお子たちの言葉に、目を細めて読んだよ。



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■画像はこちら↓  大っ嫌いな飛行機(笑)の、「へぇ~」な機内食。 



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■その画像↓  知らなかった。 ほんと、衝撃。 直訳はいかにも日本的。  サンダーバード、雷鳥はJRの特急ね。





■↓ 嫁、真顔でボソリと言ったんだよ(笑)





■いやぁ、目からウロコ。 「次」へのステップの視点なんだ。





■で、初回特典・おまけ(笑)

ネットで拾ってきたんだよ。 似てるでしょ? (以前にTwitter投稿済み)

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ね!(笑)


※おしまい。 つづく。



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【2016/08/22 00:01】 | *未分類
|
石田三成公が大好きで、リンクもしています。

三成公といえば、
「大一大万大吉」の旗印ですね。

石田三成


この六文字が意味するのは
「一人が万人の為に、万人が一人の為に尽くせば天下の人々は幸せになれる」
といったものです。



その三成公----

好きだけど、その到底足元にも及ばない。
リスペクトしようとも、まるで似ても似つかない(笑)

時代劇でいろんな役者が演じ、いろんな印象操作もされてきたので、良くも悪くもイメージが伴う。
が、真実はどうか?
リンク先でのお話は、客観的な事を積み重ねつつ、筆者の結論を述べています。
個人的にはこの結論に賛同したい。
(先ずはこのリンクをお読みいただき、話を続けさせて頂きたい。)

折しも、大河ドラマで三成公も登場。
強大な徳川内府(家康)との暗闘が続いていますね。

秀吉の生前は殊勝にも、臣下の衣をまとい、虎視眈々と次を狙う内府。
時代の趨勢は、正史の運命にあるとおり。

失礼ながら、よくも悪くも徳川家康公の腹芸が一枚上であったということと、
のちに徳川側につく豊臣恩顧の武将も、生き残る上でメリットもあったと回顧する。
正論を説く、真っ直ぐな三成公よりも、自分が可愛いのは世の常、悪くはない。
が、それは現代の価値観。
義に生きることに生きる価値を見出す時代に、徳川に付くことに義はない(と思う)。

三成公は腹芸のできぬ男だと思う。
そんな三成公が大好きだが、僕にとっては、一部は反面教師でもあります。
少しは腹芸を身に着けてゆこうと思う(笑)


「人生の師」を持つ身として言うなら、
三成公の生きざまこそ、 
我が師もまた、そのまた師に付き切った姿と被る。
だが不肖この僕自体、末弟子として師に遠く遠く及ばない。なんともまぁ情けないばかり。

さて、
20万石の一家臣でありながら、250万石の巨大な大名・徳川に戦いを挑んだ果敢な男・石田三成公。

一方、名もなき一青年であった若き頃の我が師。
師がどのように戦いきってこられたかは、ここで語るべくもありません。
両者のその後の歩みは、その後大きく違いましたが、
三成公の戦いをみるとき私は、
我が師の姿もまたその遠くない位置にかぶって見えるのです。


のちの世につくられた三成公のイメージは徳川史観。
その史観のように、もし三成公に人徳がなければ
あれほどの大きな戦いすらできなかったでしょう。

ただの一人の脱走する兵もなく果敢に戦い全員散った石田軍。
将として一流であった証しです。

猛将、島左近とのエピソードしかり、
三成の傍にいた人たちは、側近から兵に至るまで、誰一人裏切っていないのです。


関ケ原が決着後、徳川軍が質素な佐和山城を見た時、三成公の真実を知りました。
私腹とは無縁の男でした。



徳川光圀公、西郷隆盛公、
多くの巨星がのちに、三成公こそ真の義の人とたたえたそうです。


誤解も多い人ですが、
静かに私はこれからも三成公を語ってゆこうと思います。

義とは、かくありたい----と。



現代人の私に、極限の状況下があったとして、できることは数少ないとは思います。
ですが、目の前の仕事や、
まもるべきものの前において、
愚直にやりきることの大切さをせめて胸に、がんばってゆきたいと思います。




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【2016/08/19 07:00】 | ◇人生観・福祉共生
|
大阪に箕面市というところがあります。

久しぶりに行ってきました(笑)
いいところです。

箕面1

箕面2
WEBより





箕面といえば猿! (笑)

箕面の滝、箕面国定公園をめぐるドライブウエイには、かつて野生の猿があふれ、
今でも多くの観光客が訪れます。


※道路に猿たちがあふれています。
箕面猿1

※車に乗っかってくるのも、へっちゃら。
箕面猿2
(写真、WEBより)


が、今では猿を山に帰すプロジェクトが定着し、観光客による餌やりも禁止されています。


■天然記念物「箕面山サル生息地」のニホンザルについて(箕面市) ※←クリック


重要な観光資源であったし、私も子供ころから慣れ親しんだものであり、
大阪中で名残惜しい人は溢れていたでしょう。

が、 「山へ帰すべき時」 だったのです。

今ではそれが 「正しかった」 と
多くの人は知っています。


箕面は美しいところ。

それは今も変わらない。



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【2016/08/19 00:01】 | ◇日々徒然
|
とくにタイトルは考えなかったので、前記事の「続編」にしておこうと思います。


終戦記念日の前後---

お盆休みで余裕のある時間でしたので、
録りためていた録画や、もう一度観たくなって画面に向かいました。

いろいろと、あらためて考えさせられました。

(※後日、感想や所感を追記するかもしれません。時間があれば…ですが。)



少し手抜きかもしれませんが、Twitterでの投稿を貼り付けます。









反戦・平和は当然だけど、
その悲惨な結末が、どのように生まれたか?

「組織」の中に、その分析を怠ってはいけないと思います。



これは現代のあらゆる組織に通じるもの----

そう、思いませんか?



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【2016/08/17 00:01】 | ◇日々徒然
|
わざわざ、ちょい田舎(失礼)の、昔ながらのショッピングモールにゆくことがあります。

郊外にあって、今流行りの大規模店というわけでもなく、
正直言って、採算とれるのかな?(これまた失礼)なところ。

いかせん、空いています。
お洒落な恰好でなくてもOK(笑)
落ち着くんですよねぇ、これがまた。

一応、大きな都会に住んでおります。
大阪ですから、梅田やミナミに行くのも、もどうってことありません。
ええ、全然平気です。道にも迷いません(笑)


まぁそれはともかく、
で、ああいった郊外のショボい店(あ、また言ってしまった)で、
もしも 「ドキュメント72hours」 みたいなの、やっちゃうと面白いなだろうなーって。

勿論、72時間もいるわけにはいかない(笑)
だけど、いろんな「人生」がそこにあるんだなぁ~って、思えてくるんですよ、ああいったところは。

つまりね、超・都会なところだったら、みんな(ほとんど)着飾って、非日常感。
だけど、こっち(どっち?)のほうは、平気で家にいるような恰好や、
ちょいコインランドリに行くような恰好でも、へっちゃらなわけ。(僕じゃないよ)
そういう、濃い日常感があるんだよ。

フードコートで、プラスティックな容器(お皿とか)で出てくるる「どんぶり」や「麺類」。
家族や、高校生の集団やら、仕事休憩の勤労者やら…ワイワイがやがや。
都会の繁華街の様子より、遥かに個性あふれる人間模様。。。
イイもんです。

ところが、です。

いつ、潰れても仕方ないって思っていながらも、
それが当たり前に存在しているとき、「まさか」が起りました。

時代の波か…

ホンマに閉店…なのです(涙)

寂しくなるなぁ。



image253A6413 - コピー
(モールの店内、専門店街・店舗の中から)


(閉店) 『ありがとう』 の文字があふれています。(ガラスのむこう)

ほんとに、ありがとう。
忘れないよ○○○のオアシス。


さよなら、
僕は「次へ」進む。



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【2016/08/16 00:08】 | ◇日々徒然
|
今日は「終戦の日」-----。

高校野球、甲子園の正午。
試合を中断しての黙とうは、若い世代へもこの大切な日を受け継ぐよい機会だと思います。

テレビを見ているだけで、
「そういう日なんだ」って気付くだけでも、私は大事なことだと思います。


一部にある、政治的な思惑など排し、
全戦没者への心からの慰霊の気持ちを捧げつつ、
平和への思いをあらたにしたいと思います。

亡き母からは(終戦時、今でいう中学生)、多くの戦時の様子を聞きました。
今は消えてなくなってしまったのですが、私の前ブログではそのエピソードもいつくか記していましたが、
残念ながらもうありませんし、再び記す労も、正直つらいです。、
ただ、私の口から子供へ、伝えてゆくのが使命だと感じております。

『もう、戦争は懲り懲りや』(亡母)

この短い言葉からも、多くのエピソードを締めくくる切なる言葉だと
ひしひしと伝わってきます。


生きた証言を伝えゆく、最後の世代として
私も頑張ってまいりたいと思います。






ところで、今上陛下が皇太子時代に
 「けっして忘れてはならない4つの日」と、お心をあらわされのが、

沖縄戦終結の日、広島原爆の日、長崎原爆の日、そして終戦の日。


陛下が「生前譲位」について胸の内をあらわされたこの夏。

皇統について私なんぞがとやかく言える知識は持ち合わせていない。
しかし、平和と国民の幸せを常に思い続ける陛下の思いを忘れないでいたい。


 
今上陛下の 「日本人として忘れてはならない4つの日」 について触れた過去記事はこちら。 (※←クリック)



■参考エピソード (日本経済新聞、H20.1.31より転載)

これらの日には、陛下は戦没者の慰霊のために、お慎みになる。
前侍従長・渡部充氏は次のように回想されている。

平成6(1994)年に米国を訪問された時、サンフランシスコに 到着したのが、ちょうど現地時間で6月22日、
日本では沖縄戦終結の日だった。
陛下は「ちょうど重なってしまうが、沖縄で慰霊式典が行われる時間はこちらでは何時ごろだろうう」とお尋ねになった。
調べたところ、公式晩さん会の始まるころでした。

「それでは少し遅らせてもらえないだろうか」 とおっしゃって、両陛下はその時間にはホテルの部屋で黙とうをされて いたようです。(前侍従長・渡部充氏)

「皇室は祈りでありたい」とかつて皇后陛下は言われたが、このお言葉そのままのエピソードである。
(転載おわり)








静かに手をあわせる夏の空


合掌。



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【2016/08/15 10:10】 | ◇日々徒然
|
近況などをひとつ。



最近、涙もろくなった。

カラオケ。
昭和歌謡に皆が涙し、最後は大合唱。

ありがとう、
ありがとう、
ありがとう、友よ。



※「キタ新地」関連の過去記事はコチラ






朗報、ひとつ。

あいつ、隠してやがった…(笑)

死を覚悟した大病を、みごと克服した弟の話を記事にしたことがある。
(消滅した前ブログだったか、今のブログだったか、そんなのどっちでもいいけど。)

その弟、
なんと今年からS大の通教を始めたらしい。

おいおい、そんなの全然言ってなかったじゃないか!
黙ってやがった。

凄いなぁ
立派だなぁ
嬉しいなぁ

あの死の淵から、よくぞここまで。

びっくりさせやがって・・・この野郎。



泣いたわ、ホンマ。


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【2016/08/13 22:22】 | ◇日々徒然
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広島、原爆の日ですね。

運命の時間は、多くの人たちが行き交う通勤時間帯。
あの日もとても暑い朝だったと聞きます。

記録的な猛暑のここ数日。
酷暑下の現場で使命を果たす (おお、でっかく出たな・笑) 我々は、
冗談まじりで 「死人出るわぁ」と、苦笑いを浮かべあう。

キツイと感じる時も多々あるが、
それでもなお、
ともに汗する仲間、働く喜び、帰る場所がある。

平和の尊さをかみしめる。


-合掌-



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【2016/08/06 08:06】 | ◇日々徒然
|
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