すぐ傍にあるしあわせ
未来へのチカラ-----
あたらしい一歩への、ひとつの区切り。

卒業の生徒さん、女の子も男の子も泣いて・・・
でも、それはけっして悲しい涙でなく、
卒業という名の、ひとつの未来への入口。
後ろ髪をひかれながらも、上をむいて歩み出す惜別の涙。-------


全11分46秒の「あの頃」への“旅”へ出かけませんか?
私にも、皆さんにもおそらくあったと思う「あの頃」へ。


May.J さんサプライズ登場の、とある高校の卒業式。-----






................................................................


オジサンも泣きました(´・ω・`)
どうしようもなく、涙が出ました。

自分の若い頃、
娘のこと、
いろんなことがあふれ出て、
よくわかんないけど、でも涙があふれて-----

きっと、きっと、これは 
いちばんイイ涙なんだろうと思う。 うん、きっと。



9分55秒、校長先生のお話が忘れられない。

『苦しい時は、南側の急な階段を思い出して、
それをしっかり上りきったことを誇りに思ってください。』


これなんだなぁ。

この、 それぞれの「急な階段」が、
今を支えている。


そして、また。
作りましょう、  あらたな「急な階段」の思い出を。

きっと、未来へのチカラになるから。




少し、おまけ。
【涙の敗北】May.J vs サラ・オレイン アナと雪の女王 LET IT GO【歌姫対決】 (←クリック)

(※コチラの動画は、アップロードすると著作権の侵害にあたるため、URLのみ表示。)


22分過ぎ、熱唱のあとのMay.Jさんのコメントが心に響きます。
(歌声もそうですが、ぜひこのお話を聴いてください。)

そんなMay.Jさんだからこそ、 あの場(卒業式サプライズゲスト)にふさわしかった。

きっかけ、原点、感謝、
そして、区切り---
そこからの飛翔。

ひとつの「卒業」は、きっときっと明るいものだったと思う。



ラスト。
錦戸くん、ナイスだ ヽ(^。^)ノ

そう、明るく明るくゆこう。


May.Jさん、オジサンはますますファンになりました(;^ω^)





親父として、娘へ。

ひとりじゃないよ。
いくつもの出会い、これからも。

いっぱい悩んで、いっぱい笑って、
いっぱい転んで、いっぱい涙をふいて、
明日へ。

ありがとう、生まれてきてくれて。


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【2015/03/28 08:00】 | ◇日々徒然
|
春はセンバツ、 甲子園で高校野球です。
もうそういう季節なんですね、早いなぁ。

過日、駅で母校野球部の子を見かけ声をかけたことを思いだしました。

不審なおっさんじゃないよ(笑
センパイだからね。 だいぶ古びているけど(笑)

小柄で丸坊主、一年生なんだそうな。
まだ初々しい。

大きなスポーツバッグにばっちり母校のネーム入り。
いちおう、母校は激戦区大阪から甲子園(春のセンバツ)に出場したこともあるんだよ( `ー´)ノ


『今、カントクはどなた?』
『○○先生です。』
『ほー』

『ポジションは?』
『。。。。。です』
『あ、そうなんだ。 イイねー(^○^) 』


短い時間の一期一会。
懐かしい話に嬉しかったです。

あ、名前を訊くの忘れていました。
地区予選で彼の名がアナウンス(つまり出場)されるといいですね。ガンバレ~。


『けがだけはしないでね。』
『はい、ありがとうございます。』

礼儀正しい真面目そうな“後輩”でした。


やはり、母校はいいものです。
この接点が彼との一期一会となりました。
露となって消えるような短い言葉と出会いだとしても、
予期せぬ出会い、言葉は意外と残るものです。


さて、

オジサンにとっての“甲子園”は、遠くてほろ苦いものばかり。

皆それぞれに「心の甲子園」があると思います。
叶う、叶わない、いろいろあるけど
その「歩み」もまた素晴らしい財産なんだと、僕は思うなぁ・・・


冬から春。

必ず春になるんだよ(笑)

ほんとうの春、だとか、
思っている春じゃない、だとか…。 いろいろあるんだろうけど。

でも、足跡は消えない。
いや、足跡は残さなきゃ。

そいつがチカラとなって、
なんだかんだと、気がつけば乗り越えてゆけたなら、
それが「春」だったんだなぁ…って。

「叶う」って、 奥が深いんだなぁ、これが。


さ、 それぞれの「甲子園」へ。
いっちょ、歩きますかヽ(^。^)ノ


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【2015/03/21 08:45】 | ◇日々徒然
|
NHKマッサンで、ついに一馬が出征。
(ドラマの話ではありますが、たかがドラマ、されどドラマです。)

戦争とは、こうした「普通の庶民」の人生を奪う悪魔です。

この先のドラマの展開はわからないですが、どうか一馬が無事に帰ってきてほしい・・・
ドラマとはいえ、強く感情移入するわけです。
何故ならば、かつて我が国で起こった幾万もの「実話」なのですから。

赤紙ひとつ (召集令状=薄赤い紙のため) で呼び出されます。
いつの世も、 勇ましい旗を振るだけの連中の、実際に「消耗品」として使われるのは、
ついこないだまで普通の生活を営んできた名もなき人々です。

----『おめでとうございます、召集令状です。』
こう告げて役所の職員が召集令状を持ち、伝達に来ます。

----『おめでとうございます、名誉の戦死をなさりました。』  (細かく正史はご容赦ください)
戦死をなさった場合、こう告げにきます。
(注:一馬がけっしてこうなるわけではありません)

そして、英霊として靖国神社に祀られるわけです。
靖国とは、「もし戦死しても、お国が祀ってあげるから安心して死んでらっしゃい」 といった、
戦争遂行を精神面でサポート(むしろ煽り)の「装置」だったのだと、私は思います。
私はこれを「靖国“装置”論」と名付けました。

供養としての位置づけをなさる方もいます。
実際に何百万人もお亡くなりになっているわけですから、
ご遺族の心情を逆なですることはけっして本意ではありませんが、でも実際に靖国神社が果たしてきた役割は、
「神の名の下のジハード」といったイスラム原理主義過激派の生命観にも似た、生命尊厳の対極にある生命観ではないでしょうか。


愛する人、愛する家族、愛する仕事、愛する故郷-----、
人生のあらゆるかけがえのないものから分断され、命の「やり取り」に駆り出されるのです。
やるも、やられるのも真っ平御免です。
大多数の召集された一般の兵隊さんは、誰も殺生を望んでいないでしょう。
ただただ、もとの生活に戻してほしい----。そう願うのだと思います。


戦争に良い戦争/悪い戦争など分けるものなどあるはずもありません。
敵に向かって「立ち上がれ!」の“敵”とは、相手ではなく、暴力に訴える行為のことです。

「手をこまねいて、黙ってやられろというのか」
安易な「防衛戦争」容認の奥底もまた、生命尊厳への挑戦にほかなりません。

名もなき庶民の平穏を一変させ、人生を奪う「手段」に、何の正当性があるのでしょうか。
我々が目指すべく挑戦とは、そうした手段に訴えなくてもよい世界の構築です。

簡単ではありません。
暴力が、堰き止めた堤防を決壊させる「瞬間」で始まることに対し、
これら「平和の維持」は、まさにその堤防を保守管理する、いわゆる「継続的」な運動であります。
もっとも尊く、もっとも労を要するでしょう。
“保守管理”ともいえるそれは、もっとも地道なものです。


「マッサン」では、みんなが一馬に対し、「無事に帰ってきてね」と言えません。
「言えない時代」だったのです。

紛れもなく、私たちの国にあった時代背景なのです。
命を惜しみ、
命を尊び、
命を心配する…
その「あたりまえ」を、あたりまえに言えない時代----
二度とあんな時代に逆戻りさせてはいけません。


ドラマ中で以前、 大阪時代のマッサンにエリーさんが 「行ってかえり」 と送りだします。

この 『行ってかえり』----
「行ってらっしゃい」に、もう一歩踏み込んで「必ず無事に帰っておいで」と付け加える意味をなしているとの事。
広島県の竹原(マッサンの故郷)の方言だそうです。
素晴らしい言葉だと思います。

商人(あきんど)の街・大阪船場(せんば)では、
昔から丁稚(でっち)をはじめ、使いにでる店人に、 『おはようおかえり』 と送り出します。

丁稚 『ほな、だんさん、いて参じます』 (そしたら旦那さま、行って参ります)
主人 『おはようおかえり』

こんな感じです。
これも、「早く無事に帰っておいで」という願いがこもっております。
竹原の「行ってかえり」と同じ心がこもっているのです。

ドラマ、
身内の“壮行会”の様子は、表向きは勇ましく、戦いへの武運長久を口にします。
しかし、本心では誰もそんなことよりも、無事を願っています。
最後の一幕、カーテンを閉め、特高警察の目を遮りながら、涙で彼をおくりだします。

もらい泣き。

「一馬くん、行ってかえり。」
私は、心からそう願いました。



みんなの「日々」を奪う戦争に、私は無条件で反対します。

♪日々(←クリック)



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【2015/03/08 01:01】 | ◇論壇・主張
|
ある方の幼い頃のお話をします。


声の変な女の子がいました。----

元々、お母さんが『お菓子をあげるから少し黙っていてね』というぐらい、お喋りでした。

ところがある日、『○○ちゃんって声が変だね』とある子が言い出しました。
それを聞いて周りの子たちも、『そういえば、そうだね』といいました。

それを聞いた彼女は、それ以来お喋りが怖くなり、
だんだんと喋らなくなってゆきました。

ある日、お母さんは言いました。
『最近、すっかり喋らなくなったけど、どうしたの?』

彼女はお母さんに思いをすべて吐露しました。

それを聞いたお母さんは、
『あなたがそんな考えだったなんて、お母さんガッカリだわ。
いい?
弱いところ(弱点、短所)をね、弱いからいって使わなくちゃ、
どんどん、もっともっと弱くなっちゃうのよ。

からだのどこだって、使わなきゃそのうち動かなくなってしまうの。
だから、どんどん喋りなさい。』


それから、彼女はまた元のとおり、元気に喋るようになってゆきました。
それにも増して、放送部でどんどんアナウンスし、
彼女の動物の鳴き真似なんかが凄く評判になったりもしました。

そしていつしか、彼女は大きく夢を持ち、実現してゆくことになります。
今、声優として彼女を知らない人はいません。
彼女の名は-----

大山のぶ代さん。
ご存知、ドラえもんの声をやっておられた人です。


自分を「輝かせる」キッカケ創り。---
そこを得たとき、面白いように前に進みます。


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【2015/03/05 00:01】 | ◇社会考察・福祉共生
|
駅前で「夜間中学校」の生徒さんたちがPR活動をなさっていました。
教職員とみられる方と、ご高齢の“生徒さん”たち。

『○○夜間中学では、どなたでも学べます。』
『学費は要りません。』


世の中には、さまざまな理由で義務教育を終えることが出来なかった人が沢山います。
こういった学校の存在は、ほんとうに素晴らしい。

チラシを配っていた方(60歳代のご婦人)に、しばし話をうかがいました。
ちょっとお時間を奪ってしまったやもしれないですが、ご婦人は自らの通学体験を嬉々と語ってくださいました。

『まさか文字が読めると、こんなに世界が広がるとは思わなかった。』
『例えばあそこの○○駅の文字(ここは駅前ですから)が、何が書いてあるのか知らなかったぐらいですもの。』

おそらく、御身の境遇を開いた「学校」を、ほかの誰かも “幸せにしたい” その一心で、
この寒い空の下、一生懸命に行動(ビラを配って)なさっているのでしょう。
嫌々やっているんじゃなく、自分を幸せにしたソレを、ほかの誰かをも幸せにしたい…。
その「動機」がもたらす「行動」なのですね。

似た想い、ありますよね。


さて、私自身は経済的な理由で夜間の大学を卒業したのですが、
仕事の帰り、クタクタになって、会社や自宅と反対方向に通っていたのは懐かしい思い出です。
今思うと、若かったから続けられたのかもしれません。
一生の宝物でもあります。
そんな同じ苦労を共にした同窓の面々とは今なお、かけがえのない仲間として交流を続けています。


おそらく、あの「夜間中学」の皆さんも、
それに近い連帯感も得たのではないだろうか。ふとそう思いました。

一生の宝物がそこにあるような、ご婦人の言葉でした。


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私の人生に多大な影響を与えた“人生の師匠”もまた、働きながら大学を出ました。
世間でそれを揶揄する言葉も見ました。
なんの、私は在学時から誇りを持っていましたよ。
「先生と同じ道を少しでも感じられる」、その喜びが毎日を支えていたのですから。


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※ふと、この記事を読み返していて、「なぜか」、思い出した拙記事があります。 ほんと、なぜかわからないけど。
◇就活に奮闘する姿にエール。  ~あるCMをみて思う




【2015/03/01 00:01】 | ◇日々徒然
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