すぐ傍にあるしあわせ
年に数回、大学時代の仲間が集まります。
もう何年も続いています。

住んでいる場所も職業も違う
先輩後輩、年齢差は最大3歳ぐらいかな。
今年も小料理屋を予約し、労いの忘年会。
残念ながら今年は6人、ちょっと人数的に寂しい。
でも、連絡はとり合ってきた。
便利な時代ですね。

少し早い目に到着、お座敷に前客がまだいるそうです。
仕方ないので、お店に入ったところにベンチがあるので待つことに。
でも腰掛は、せいぜい3つ。
ちょうど年齢的に3対3に分けられそう。
とうわけで、若いほうの“我々”は寒い夜空の下へ。

『なんか、 あっちトニセン、俺らカミセンみたいやな』 (V6のことである・笑)



少し仕事の近況になりました。
今時はどこもコンプライアンスに厳しくなっています。
大手製薬会社営業職のAは、「接待費の管理が厳しくなって…」と嘆いていた。
私はその話そのものよりも、医師の世界があんなにチヤホヤされていたことに呆れたものです。

私には関係なさすぎる世界。
う~ん、もちろん自腹の
今夜の贅沢な食事をじっくり官能することにしよう…。

はい、
それではその「V6」の着席、
お見事に個性の塊。 説明がつかないぐらい(笑)
共通点は全員がタバコを吸わないことぐらいか。
宴席の空気は綺麗、メシも酒も美味い。

やはり、きまって母校の話が出ます。
すっかり変わってしまった現在の母校の校舎も、
見かけ倒しの大学のシンボル、名物の○号館だけは変わらない。

『あのハリボテは変わらんのぉー』 
『誰が腹ボテや』 (笑)

『塗装、剥げてきたかもな』
『誰がハゲやねん』 (爆笑)

『あの○号館の写真で、何人の受験生が騙されてきたことやら…』
『ワシも嫁はんに騙されたわ』  (ちゃうやろ!)

※私は腹も出ていないし、ハゲてもいない。女房に不満もない(ホンマかいな・笑)

そんなこんなで話は尽きず、
あっという間の2~3時間でした。

年齢を重ねるにつれ、
仕事関係や、何かのご縁で知り合いは増えども、
友人は減る一方だという人、多いようです。

私も例外ではありません。
とくに何か特別な趣味仲間がいるわけでもなし、
仕事に一所懸命でしたし、
家庭を持てばある程度の自由の制約があって当然。
本当の「トモダチ」と言える関係は、今更そうは簡単にできません。

そんな中、この大学時代の友人との交流が25年以上続いています。
こんなにも長く続くのは私のかけがえのない宝物です。

だんだんと健康にも気遣う話題も増え、年齢を意識せざるを得なくなりましたが、
また次に会う---
そのことが、また元気に歩もうと“燃料”になる「楽しみ」です(笑)

だからこの忘年会は、同時に「望年会」でもあるのです。






今年中盤からのブログ立上げでしたが、
たくさんのご閲覧、ほんとうにありがとうございました。
明年もどうぞよろしくお願い致します。


.......................................................................


 ★追記 【ご挨拶・私信】

ほんとうは、ご縁・お世話になったブログ主催の方々に直接お伺いし、
ご挨拶をさせていただかなければならないところですが、
返礼の「ご負担」も生んではいけないと思い、
たいへん失礼ながらこの場所にてご挨拶・御礼に代えさせて頂きますことをお許しください。
まことにありがとうございました。

また、個々お名前を書き出すことで、 差を出すこともあってはならないため、
差し控えさせていただきますが、

拙ブログを立ち上げて以降、ご厚情を賜り、コメントを頂きました皆さま、
感謝の念にたえません。
重ねて感謝と御礼を申し上げます。

どうか皆々様ご健康で、よりよき新年をお迎えくださいませ。

生蔵(イクゾー)・拝




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ちょっぴり、感傷的に。
グラスを傾け、ギターでも弾きながら除夜の鐘を聞きたい…

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【2014/12/31 00:01】 | ◇日々徒然
|

追記
イクゾー
2014年、ブログふりかえり、です。
心掛けてきた事。


*「世界発信である」という自覚と責任。

コラム的記事のみならず、自分自身の事も語るブログタイプだったと思います。
インターネットですので、当然ながら否応なく「世界発信」です。
そのことを小バカにせず、責任を持ってやらねばなりません。 自・他のためにです。
「プライベート」を記事にしつつも、「プライバシー」には細心の注意を払いながらやってきました。


*「コメント欄」に時間をかけない。

ブログで過度のコミュニティ化は、お互いの負担ですので、背伸びもせずマイペースでやってきました。


*「○会、○会員という看板」を忘れない。

まずは「泥を塗らない」。
次に、仮に考えの違う事があっても、「扇動」しない。 「愚痴」は書かない。
あとは、ブログで“疑似組織”化しない。
更にもう一歩踏み込んで、 学会活動の「代替活動」を作らない。 
この徹底をおこなってきました。


*ネット幹部にならない。

人が集まる場所でもあります。
ですので中には、「励ます」といった行為も多々あることだうと思いますが、
すくなくとも「ネットには限界がある」ことを十分に踏まえ、あくまで補完に徹する。
正しくは現場に委ねる。 これが一丁目一番地です。
やってゆくうち、だんだんと偉くなったような錯覚や、マヒしないように。
「ネット幹部」にならないように十分に注意してきました。

。。。。。。。。


70点ぐらいかな(笑)

No title
チャトラ
度々失礼いたします。

とても有意義なひと時を過ごされましたね。
記事を拝見していて、心の通った、楽しそうな会話が聞こえてきそうな気がします。

私も、最近、大切な友人と数年ぶりで再会できました。
友は、本当に何物にも代え難い宝ですね。

今年は、イクゾーさんともお知り合いになれて、本当にに嬉しかったです。
来年もどうかよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

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できれば、少しづつでいいから全方向に目を向けてゆけるように…
いえ、全方向に「気づき」ができるようにいたい。
そう願っているのですが、なかなそうもいかない…。

できないのなら、せめてアンテナは張っておきたいと思います。謙虚に。
「善行」は、“キャンペーン”で終わらせてはいけませんね。

人はいろんな事を抱えて生きています。
その誰しもが公平に生きてゆけるよう、
こんどは「ハート・ユニバーサルデザイン」(造語)な世界を作ってゆかねばならないと思います。
(過日、「カラーユニバーサルデザイン」についてお話ししましたねヽ(^。^)  )



ネットで出あった、ある方のブログを、拙ブログでリンクささていただいております。
チャトラさまのカメラアングル。
皆さま、お気づきになりましたか?
時折気づくのですが、車椅子目線と申しますか…
表現がうまく言えないのですが、なんだかこう「やわらかい視線」なんです。
「思いつき」ではけっしてできないものがあります。
私は驚嘆してばかりです。



そういえば、例えば世界的に著名なある画家について、
「彼は実は色覚異常だったのではないか?」と現代では分析されています。
絶対に成し得ない…、もしかしたら障がいゆえの「結果的に」なのかは知りませんが、独特の色彩を放っている…、と。
これ、凄いなぁと思いました。
(色覚障がいの私も、小学校のときの絵の配色を褒めてもらったことがありますが、レベルが違いますね・笑)



かつて住んでいたご近所に、右手を欠損されている壮年さんがいらして、
それでも得意の書の腕前を生かし、地域の行事にその腕前をふるっておられました。
まったくハンデを感じさせない素晴らしい腕前です。
(私も書の嗜みがございまして、よく語り合っていました。)

あるとき、とある作家先生に書を送られたそうで、
すると先生は「この方は右手が不自由な方ですね」とおっしゃったそうです。(うわっ!)
激励とともに、和歌を贈られたそうです。
「まさかお気づきとは!」と、その壮年さんは感極り涙しました。



またある壮年、
支援学校の送迎バスを運転なさっているそうです。(嘱託かな?)
もともと、路線バスの運行をなさっていた、いわばプロ。
他のバスと大きく違うことがあるんですって。
「お迎え」ごとに、いつも全てのお母さんたちが、
『まるで神様に感謝をささげるように、僕に深々と言葉や礼を尽くしてくださる。』 のだそうです。

『僕はただの運転手。だけれど、お母さんたちにはこの支援学校すべての職員・関係者が、
ただ普通の職員には思えないんだろうね。こっちも気持ちが痛いほど伝わるんだ。』
そう、おっしゃっていました。
私、泣きそうになりました。 親目線も重なって。
「そりゃそうだ」ってね。





私、大学の専攻もその後の職業も、まったく畑違いなのですが、
何故か介護関係の資格を持っております。

-----忘れないために。

我が子が生まれたあと、約一年間はほんとうに不安の連続でした。
発達関連の専門医から「整肢学園」(←クリック)をも紹介され、
広い角度から専門家の意見や診断を受け、「その時」に備えました。
園の様子にはほんとうに度胆を抜かれました。
不安で仕方なかったのは勿論のこと、いちばん心を痛めていたのは妻だったと思います。
なんと申しますか、「自責」の念を含めて…。
「母」とはそういうものなのです。

その後いろんな事を経て、お陰さまで普通の暮らしを過ごすことが出来ました。
ほんの短い期間でしたが、将来へのとてつもない不安を抱いた日々は、生涯忘れません。
と同時に、「その視点」(この意味、お分かりでしょうか?)は持ち続けていこうと思いました。
感謝を忘れずに---。

当事者になる---。
「もしかしたら」、そんな誰しもが有りうることを思えば、人生観も違ってくるものです。



明年はちょっと幅を広げてチャレンジしたいことがあります。
というか、チャレンジって大なり小なり毎年していますから、
チャレンジ自体に「幅」を持たせたい…と思っております。
少し、ワクワク(笑)
年齢的に「残り」のほうが少ないんだし(笑)、時間は待ってはくれないよ…なぁんてね。
ちょっと余裕が出ていたのかなぁ。

ずっと、「生きること」「生活を支えること」に追われていたような気がする。
今だってそうには違いないんだけど、
気持ちの中で、何か置きどころを変えれば、いつだって新鮮になれるのかも---。

私も負けていられません。
自分にしかできない輝きを放てるよう、頑張りたいと思います(^_^)v


♪あたしの向こう

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ネットの「キャンぺ-ン」ではなく、
私は「人生」に刻んでいる。


【2014/12/30 05:05】 | ◇人生観・福祉共生
|


いまり
イクゾー様、この1年、その説は本当にお世話になりました。
暖かな言葉、激励、どれ程頂いたでしょう。

イクゾー様のブログは、イクゾー様ご自身の生活に触れられた事ばかりで、とてもリアルな言葉に感じます。
言い方が微妙ですが、生の声と言うものはこう言ったものなのでしょうね。重みがありますし、考えさせられます。
身内の愚痴を晒すのとは、生々しさの種類が違うなと思います。ただの恥さらしにならない様に、私も気をつけます。

私は既に父は他界しておりますが、男気があり情け深く、生き方が不器用な父が大好きでした。
お子様もイクゾー様の事、大好きですよ。
スマートな生き方よりも、人情を重んじる所は、父とイクゾー様はそっくりです。

社会にある不条理も理不尽、沢山ありますよね。
そう言った事にぶつかって、立ち上がって、歩んで来られた姿は、
ご家族が一番おわかりになられていると思うのです。

私もそんな家族になりたいです。
と、子達とどら猫の顔をチラッと見たりして(笑)

この1年、本当に本当にありがとうございました。
来年も頑張ります、どうぞよろしくお願いいたします。

No title
チャトラ
本記事にて採り上げていただき、大変恐縮しております。
写真は、下手の横好きでやっていますが、「やわらかい視線」、そう感じていただけたら、本当に嬉しいです。大変励みになります。ありがとうございます。

「カラーユニバーサルデザイン」他、一連の記事も拝見しました。
一時期、ある施設で、障害者相談員の方を、スタッフとしてお手伝いしていたことがあります。
その際、様々な障害を持った方とお会いしていましたが、まだまだ自分の知らない大変な苦労をなさっている方もおられるのですね。
これからは、もっとアンテナを高くして、大変な思いをなさっている方々の声に、耳を傾けていきたいと思います。

そうそう、「ハート・ユニバーサルデザイン」、「心のバリアフリー」は良く聞きましたが、こちらの方がより良い考え方だと思います。

追伸:いまりさんのコメント、ご夫婦のご様子も伺えて、嬉しかったです。

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駅のホームアナウンスが、上下線を男女の声で別々に工夫されていることが多いのをご存じでしょうか。
ある一定の距離に近づくと、自動音声によって案内されます。

これは、視覚障がい者の方へのアシストとなるばかりか、
健常者にとっても、同時到着アナウンスによる(聞きとり)混乱を防ぐという意味でもあります。

このような安全配慮を、「あえて広くPRしていない理由」があります。
ひとつは、あくまでホームにいる人へのものであり、
更には、広く周知することによって、逆にそれを「頼り」にしてしまう駆け込み乗車の
増加を防ぐ意味もあるのです。

駆け込み乗車は、ご当人の危険は勿論のこと、列車の安全運行に大きな支障となることは言うまでもありません。

慌てて乗り込む人の「視線」は、ほんとうに狭くなりがちですし、例えば視覚障がい者さんやお年寄りに
激突するこだってありうります。

ヘンな言い方かもしれませんが、
鉄道会社が 『ウチはこんなに障がい者さんに優しい配慮をしています!』 とPRすれば、
きっと 「好感度」 も上がるのでしょうが、
『何もそんな「善人」になることが目的ではないよ』 との自負が聞こえてきそうです。

《安全運行》そのものが使命であり続けるために、
愚直にやり抜くことこそが「PR」になっている、そんな心意気を感じます。

職業柄、私も深く共感するものです。
安全を確保する《保安品質》とは、 実は「もっとその先」を見つめているのです。


「ええカッコ 」ではなく、
「善意を見せびらかす」 のでもなく、 
そこからくる 「達成感」 「高揚感」 でもなく、

《ほんとうになさねばならないこと》 を中心に据えてゆくこと。
これが本道であり、王道です。

そういう意味で考えると、
気配り、心配りして差し上げるべき方々への 「善意の行動」 は、
《当たり前》の次元 だという事です。



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【2014/12/29 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
|


しぃ
実はね、私は男女アナウンスの使い分けは知っておりました。
昔、声のお仕事をしておりましたので、教えていただきました。何処かで声だけですが、お会いしているかも知れませんね。

幸いにも五体に不安がない者が、いわゆる障がいと言われるハンデを持ってしまった方々に対して出来ること。それは助けが必要な時に力になれる事。

イクゾー様の仰るとおり、ブログの記事で紹介して知ってもらう事は可能でしょうが、はたから見ればこんな活動をしているのだと誇示している様にも感じますね。
何故なら、実際に現場で働きかける努力が欠けているから。本からの知識をただそこに書いているだけ。
日記としてこっそりならともかく。
ブログは世界中に届きますから、さも私は知っているんだと言わんばかりで、実際は本の受け売りでは残念ですもの。

誇示している人に問いかけたいです。

点字を打てますか?読めますか?
ガイドヘルパーの資格はとらないの(視覚障がい者のガイドヘルパーは3日で取れます。他、沢山あります)
介護の資格は?
盲導犬の知識は本を読めば出来ます。では実際に募金した事がありますか?パピーウォーカーになったことは?
視覚障がい者協会が各地にありますが、募金活動に参加したことは?

例えば視覚障がい者の方を支援するなら、それをブログで誇示するなら、現場で通ずる力を(彼らの助けとなる力を)つける努力をしたか?と思うのです。
でないと、ネットに転がっている知識を我がものの様に書いているだけで、
自身は当事者ではないものだから、スピーカーに過ぎない。


実際に生活の中で、誰かを助けると言うのは中々、難しいものです。
突然のトラブルで体が動かなかったり、どうしたら良いかわからなかったり。
実際に動く為の努力は大切と思います。
体で感じて動ける力が必要ですよね。それが当たり前の事なのだから。

かく言う私もまだまだ勉強も経験も不足です。
動ける人でありたいと、心がけております。






Re: タイトルなし
イクゾー
しぃさま、こんばんわ。
そうですね、お聴きできているかも?(笑)

さて、
どなたの事をおっしゃっているのか、ピンときました(;^ω^)

厳しいご指摘ですが、大切な話が詰まっていると感じました。
そろそろ、みんなで考えてゆけたらいいですね。



あと介護の経験なんかも。

私は亡母の時にありますが、
介護で大事な視点なんかも、過去にブログ記事に致しました。

誰かのお役に立てれば…と綴ったのですが。
そういうのも含め、ぜんぶ記事を吹っ飛ばしてしまいました(笑)

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家族に言わせれば、
私、口癖のように 『流れに任せるのが流儀』 と言っているようです。

あー、そんなカッコいい台詞じゃありませんが、
まぁ似たようなものです(笑)

小さな「アンラッキー」に動じない。
何か意味がある。
絶対軸に自信があるから、目の前の出来事は全て瑞相だと確信しているのです。

なんとも幸せな思考回路です(笑)


何かを祈る時もそう。
先に 『叶ってありがとうございます。』

えっ?(笑)
そりゃそうです、大確信ですからね
無条件ですよ。

実際は、泣きながらそうやって
叶う姿を確信して祈ってました。

「お願い事」じゃないんですよね。 祈りの要諦は。




「それほどまでに」…、確信を持っていますか?
それほどまでに、力、あるんですよね?

口ではいかようにも讃え、
でも、そのぐらいの大確信が、なかなか思えない…。 
そんな感じの人、たくさん見てきました。

大聖人の一遍、
僕らの一遍、
どこが違うのか?
同じ? いえいえ。 じゃ何?
その「確信」の差です。
確信がいまいち思えないから、何時間も必要なのです。

100万遍という通過点。
もの凄いことになっていますよね?
もう何が起こっても完全無敵のような…(笑)

凡夫の変身---、
題目はまるで「ライダーベルト」ですなぁ。
ずいぶんと“変身”しましたよ(笑)

「魔」という名の「ショッカー」をやっつけろ!





昭和のヒーロー、大好きですねー。
まーた、熱く「昭和」を語ると、娘からドン引きされます(笑)

まぁいろいろギャップはありながらも、
私だって、きゃりーぱみゅぱみゅ踊れます(^O^)


『パーパ、また綿棒、そこいら落ちてるー』

ゴミ箱めがけ、とぉー! (入らない・笑)
よく我が家の女性人陣に叱られます。

成長のない、でっかい“コドモ”が、我が家にひとりいるらしいです。

はい、がんばりますヽ(^。^)ノ



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※自分のこと、お伝えできる「体験談」も、まぁ結構あったわけですが、
以前、書いたものぜーんぶ吹っ飛ばしてしまいましてねぇ(笑)
もう面倒なんでまた書こうなんざ、気力もない。 きれいさっぱり無いんですわ。
つまんねーブログ、やってます。 ははは(^○^)



【2014/12/26 00:01】 | ◇人生観・福祉共生
|

大確信
あべひ
※小さな「アンラッキー」に動じない。
 何か意味がある。


なるほど。
わたしはむしろ小さなアンラッキーよりも、大きなアンラッキーに動じない(信心がぶれない)ことが大確信なのだとおもいます。


Re: 大確信
イクゾー
あべひさん、コメントありがとうございます。

言葉足らずな面もあるかと思います。
されど、万能な語句も思い浮かびません。

ただ、「紛らわしく、競い起こる」という連祖のご指導に照らせば、
「デッカい石」につまづき転ぶ人は、まずいないことでしょう。

小さいことに動じない、とは
小さいことに「すら」動じない、に置き換えることもできるかと思います。

子育てにも通じますが、
小さなシグナルに気づくことは、大きな壁も防いだり、強くなれたりもします。





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天皇陛下は昨日(23日)、81歳のお誕生日を迎えられました。
謹んでお祝い申し上げます。

陛下の記者会見で、とくに印象に残った中に、
雪下ろしの高齢者を心配しておられましたが、「ああ、ここまで感じておられるのか」と、感動すら起こりました。

天皇陛下81歳の誕生日 会見全文(NHK NEWSWEB) ←クリック


さて、私は平成天皇陛下(今上陛下)と皇后陛下に対し、たいへん失礼な表現ではありますが
親しみとともに、ご尊敬申し上げております。
その理由と致しまして、とくに平和と国民の安穏に対し、いつも心を砕いておられるからです。


国旗
歴史を直視し、ともに未来へ。



■日本人として忘れてはならない4つの日

昭和56年8月7日に行われた記者会見で、陛下(当時皇太子殿下)は
「日本人として忘れてはならない4つの日がある」とおっしゃりました。
その4つの日とは、

8月6日の「広島原爆の日」
8月9日の「長崎原爆の日」
8月15日の「終戦記念日」
6月23日の「沖縄戦終結の日」 …です。

天皇皇后両陛下は、これら4つの日を特別な日とお考えになり、戦没者の慰霊のために終日、お慎みになられるそうです。
さて、私たちはどうでしょう? けっして胸を張って言えないような気がします。



■“対馬丸の悲劇”両陛下が慰霊

本年6月27日(金)、沖縄をご訪問中の両陛下は、
太平洋戦争中に米軍に撃沈された疎開船『対馬丸(つしままる)』の犠牲者の慰霊碑を訪ねられました。

“対馬丸の悲劇”両陛下が慰霊 ( NHK ONLINE ) ←クリック

お読み頂ければよくわかると思いますが、陛下は犠牲となった学童と同世代。 胸に詰まるものをお持ちのようです。
そして、分刻みで予定が組まれている両陛下でありながら、
対馬丸の生存者や遺族の皆さんとの懇談は、予定時間を大幅に超えたそうですから、
どんな思いでいらしたか、察して余りあります。



■天皇陛下の憲法観

昨年の天皇誕生日(平成25年12月23日)には、日本国民が胸に刻んでおかねばならない重要なお言葉がありました。
この日、天皇陛下は80歳の傘寿を迎え、天皇の「お言葉」がマスコミに配布された中、以下の一文があります。


----「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」----



これは、明確な政治的発言が禁じられている陛下がギリギリのところでご胸中を語られたものと思います。
ただ、残念ながらその「お言葉」は、各マスコミの「立つ位置」によって、恣意的にカットされていたようです。

NHK、天皇陛下の「お言葉」を恣意的に一部カットして報道  ←クリック

「お言葉」全文はこれ。
天皇陛下の記者会見 (宮内庁HP)  ←クリック


私はこの日本国憲法はよくできたものだと感じております。
とはいえ、時代に応じた変化も必要になってくるかもしれませんし、一字一句変えてはならないとは思いません。
いくつかの「あいまい」な部分もあり、
「史上最高の文学作品」という皮肉を言う人もいます。
(それを言われ、読んでみるとなるほどと思ったこともあります。)
しかし、憲法の基本的な方向は絶対に変えてはならないと強く思っております。

とはいえ、いろんな考えが存在しているのも存じておりますし、
「占領下の押しつけ」として、新たに自分たちで憲法を作ろうとしている人たちもいます。
いわゆる「自主憲法制定」という考え方です。
歴史を振り返れば、その憲法が生まれた経緯は「押しつけ憲法」だったと評する人がいるかもしれません。

ですが、陛下のお考えはこのとおりです。 
国民主権の憲法下、陛下の言葉に「拘束」されるものではありませんが、
全国民にこのお声が届くことを願ってやみません。
陛下の「経緯」観は、必ずしも「押しつけ」だったとは見ていらっしゃらないことがわかります。

それでも、自分たちで作った憲法でなかった…としても、
今、この憲法の方向性を否定する人は、国民のいったい何割だというのでしょうか?
私は、この「経緯」にこだわる人の、「ほんとうの意図」に疑念を持たざるを得ません。

中には、さらにこの「国民主権」の一部を天皇主権に変えようという改憲派すらいます。
これは極端な指向の話かもしれませんが、
その主権を“与えたい”とする陛下の「お考え」が、上述のとおりなのですから、
陛下のお望みに「叶っていない」わけですよ、と申し上げたく思います。
おそらくは「天皇主権」にした上で、天皇の名の下に「コントロール」したいのでしょう。 戦前のように…
思惑が見え隠れしています。

私たちは陛下とともに、この日本国憲法を大切にし、
世界にその心を発信してゆきたいものです。



■陛下の「語録」(お言葉)を後世に残し、繰り返し学ぶ姿勢を。

勿論、言うまでもなく陛下のご存在は、日本国民の統合の象徴であり、
日本国民にもっとも慕われているお方であろうと思います。
一方、天皇陛下の政治利用はあってはなりません。
陛下の名のもとに何かがおこなわれるといった図式は、「いつかきた道」だと思います。

しかしながら、憲法遵守は明確に日本国憲法に書かれたことです。
あくまで憲法三原理、そして憲法理念と、そこに沿った国民生活の発展を願う陛下のお言葉を、
私たちは大切にしてゆくべきかと思うのです。

例えば、各々大切な人が語っていた言葉を忘れないのと同じように…。


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【2014/12/24 00:01】 | ◇論壇・主張
|
ええっ!っと思われるかもしれません。

過日、何気にある政党のポスター、
背景色が○○○色だったなんて 「気づかなかった」 のです(笑)

色覚異常のハンデにとって、
健常者の見えている色と異なって見える …というのが一般的なイメージだと思いますが、
ちょっと違うんです。

たしかに、結果的にそうではあるのですが、
「何色に見えるか?」 の前に、 「意識しない」 というのが実際のところなのです。

普通の方に比べ、モノを認識する際、色に関する「データ」の優先度が低いのです。
低い…というか、低くならざるを得ない。
そもそも、正確な「センサー」がはたらいていないのですから、アテにもしていない。

だから、 「考えたこともなかった」 ということです。
今回、家族との何気ない会話で、やっと知り得た「配色」でした。


世の中には、数々の互いに認識し合う、「識別」や「ルール」がありますね。
そのアイテムの一つが「色」なのですが、
【カラーユニバーサルデザイン】(←クリック) という概念には、この「色」による識別に、「待った!」をかけてくれています。

例えば、テレビのリモコン操作ボタンに「赤・青・黄」があったとします。
カラーユニバーサルデザインでは、そこに色だけでなく数字やアルファベットを使った「識別」を加えます。
こうした工夫で大助かりな場合があります。

「便利」とか「不便」とかの前に、色覚ハンデを持った人にとっては、
時に、命にかかわる「重要な判断」を「色」に頼ることを迫られる場合があります。
例えば「交通信号」です。

では、私はどういう「識別」「判断」をしているか?---
実は、それが「正確に何色か」…、 いえ、「何色に見えているか」 を意識していないのです。
色覚ハンデがある人にとって、普通の人に見えているであろう「正確な色」など、
どうあがこうが「分らない」(判らない)のですから、「識別アイテム」として期待もしていないのです。

そこで重要なのが、「経験値」というもの。
どこにどれが「光って」いるか、
周囲の交通状況に対し、どっちがどう …という、長年の経験値で 「ああ、これが青なんだ」 と覚えるのです。

可笑しいと思われるかもしれませんが、
私は自分に色覚異常があるだとか、そういう自分の置かれた状況を知るのは中学に入ってからでした。
なんとなく、他人の見え方とは違うんだなぁとは思っていました。

みんなが「青」だと言っている交通信号も、私にはアイボリーか何かにしか見えません。
紅葉がちっとも綺麗に思えず(悲笑)、
ピンクが派手だとも思えず、
濃い青だと思って持っていたものが実は紫だった
…とか、
情けないやら何やら…(笑)

成人に近づくにつれ、困ったのが緑と赤の区別。
世の中にはご親切にも、白/黒や紅/白の差ぐらいに対極にあるものとして「緑/赤」を用いるケースがあります。
ハッキリ言ってこれが大迷惑。これには本当に困りました。
事務伝票など、こういった色分けも多いですから、大問題です。
仕方なく周囲に聞くことも多くなりますが、しょっちゅうそういうわけにもいかなかった。
世の中に認知がまだ少ない頃、奇妙に思われたものです。



さて、その「信号機」での話をひとつ。

このあいだ、生まれて初めてショックなことに遭遇します。
生まれてこの方、色覚ハンデで「命の危険」に逢ったのは初めてです。

通勤途中のある信号。
比較的おだやかな片側一車線道路。
隣接の建物から、小気味よくステップを踏んで登場の私。 (ウソです)

目の前に信号。 (歩行者信号)
「はい、青ね」、しっかり確認 (したつもり)。

ですが、結果的に「赤」でした。---

ちょうど冬の早朝の、角度が低いながらも眩しい日光が、歩行者用信号をまともに照らしていました。
私は「青」部分が点灯していると錯覚したのです---

すると、ゆっくりとですが、
車が交差点に進入するではありませんか!
「ええ? ええ?」
ワケがわからなくなっています。
太陽の光が差し込み、「光っているほう」という「経験値」が“機能”しなくなっていたわけです。
もうこうなると、命にかかわる瞬間です。
信号でのこんな危険は生まれてはじめてのことでした。

慌てていたと思います。
このたびは何もなくて良かったと思いますが、
これからの人生で、またひとつ「経験」からくる注意すべきことが学べました。


さて、

世の中には色覚どころか、まったく目が見えない方もいらっしゃいます。
その方を差し置いて、自分の置かれた状況をただの苦労話や、泣き言として訴えるつもりはありません。

ただ、 もし「お前、まで見えているんだからマシだろう」 といった考え(評論)があるとしたら、それもまたナンセンスな話です。
ややもすれば、「目が不自由」、「耳が不自由」、どっちが困る?なんて比較論にもなりかねないわけでして、
【カラーユニバーサルデザイン】 の考えの普及を根本から阻むものです。


こんな問題もあります。

いざという時、重大な問題として
《防災ハザードマップ》での色別区分。 
私には、さっぱりわかりません(苦笑)
命をまもる「仕組み」に、私どもは組み入れられていない…とも取れます。  (そういえば、地理の教科書の分布図、さっぱりでした)

どっちが不幸?といった問題ではないと思いますが、如何でしょう?







少し、話を広げます。
私の持つもう一方のハンディキャップ、強度の「難聴」があります。

※難聴や色覚異常についての詳しい知識は、拙ブログのリンク先にありますので、ぜひご覧になってください。

耳が不自由なことで、困ったこと、辛かったことは沢山ありまして、
とくに先天性ではないこともあって、今まで出来た事が出来ない支障は辛いものがあります。

それでも、世の中は進化し、住みやすくなっております。
リンク先の説明でもあるように、補聴器は万能ではありません。
「音量」だけの問題ではないので。 (←これ、知ってました?)

家庭でも、地デジTVになって字幕が出る機能がついたのも大いに助かります。
ですが、
人間社会で生きてゆく上で、「聴き取り」が不自由だってことは、ほんとうに誤解を招きます。
周囲の理解がなくては、気が滅入ってしまいます。
そんな難聴の、隠れた“難敵”が 「ストレス」なのです。


---そういえば、あるテレビドラマ。

国民総動員法下の勤労奉仕、女子は工場生産に駆り出されます。
空襲警報で避難サイレン。
聾(ろう)の女性数人、何が起こっているか分かるまで時間がかかります。
命にかかわる数秒のこの差。

別のシーン。
大戦末期、ついには艦載機まで来襲。
これはB29の爆撃とはまた違った恐怖があります。 
 (※こういうこことも、皆さんぜひ知ってくださいね。 私は亡き母から幾度も聞きました。)

たぶん休憩時間だったのでしょう。
工場の敷地内の庭で、ひとりお花を摘む女性。前出の「ろう」の女性です。

女性の背後上空から単機で近づく米艦載機。
女性はまったく気づきません。
ダダダ…、地を這う機銃。
「聴こえない」がゆえ、身を護れなかった悲しい現実。
これは何も戦争、あるいはドラマだけの話ではありません。


私は車を運転するとき、必ず窓を数センチ開けます。
当たり前の話ですが、周囲の音の状況を得るためです。
車は凶器です。
自分のみならず、周囲の全てをまもるため、出来ることを全部やろうと思います。

耳の具合によっては、いつまで運転ができるか分かりませんが、
できうることなら、大好きな車を乗り続けたいものです。
(脱線ばかりですね・笑)

そんな私の聴力の事で悲しいことや辛い事が幾度もありましたが、
乗り越えてきた結果、なんとかこうして今は「水を得た」ような職業をこなしています。

「自分らしく」を願う人は多いですね。
ただ、仕事(職業)を「自分らしく」したい…と「連呼」すると、なんだかワガママに聞こえたりもします。
どっちかというと、私は仕事は「しんどくて当たり前」「辛いのを辛抱するのも仕事のうち」と思う古い人間ではあります。

---ですが、
ここでいう「自分らしく」とは、
“こんな私でも”、活躍の場がある---
そんな 『生き場所』 のことをあらわしています。

たとえ、色覚異常でも、
たとえ、難聴でも、
生きてゆける場所がある。---   


(さらに記事の方向が変わって行くようで申し訳ないのですが)

---つまらないエピソード少し。

学卒以来、十年近く頑張ってきた職種も、やはり「色彩」にかかわる負担は乗り越えられなかった…。
それにも加えて聴力の低下は更に酷くなる中、 前職の「潰し」も効きづらく、仕事探しは困難を極めました。
全く仕事は決まらず、やがて貯えは底を尽きかけ、生活は困窮。
出かける時は、なるべく通勤スタイルに身を包み、
求職活動のない日の昼間は、ご近所の眼も避けるようにひっそりと閉じこもる。
暇を持て余すと夜の公園に出かけ、とくにすることもなく---。

ハロワは悲惨な混雑。 どこかオッサンの怒号、「ああ、気持ちはわかる…」。
家に帰るとネットで検索、ネットで応募、返事もネット(メール)…。 ああ、「人」がいない…。
あまりに金がない。
だから、アルミ缶拾いも---。 無情だった。

「世の中から私は要らないのだろうか」
そう本気で思えてしまう状況下、
『夢ありますか?』とか、---  『夢をかなえるゾ!』だとか、--- 
そういう問いかけありますよね?
でも実際、そこまで余裕はなかった。
そんなどこか「人生のオプション」みたいな感覚で問いかけないでほしかった。
私の長年の「夢」は、 
【こんな私】でも、 しっかりと自立した生計を営み、家族を養い、生きてゆく…
生きるか、死ぬか?
食べてゆくって、そういうことです。
そうした切実な願いを、私は「夢」に描き、そして実現してまいりました。

人生の幾つかの分岐点に立った時、
私は幸運にも、その「時の人」に出会います。
しかし、それはただの“幸運の女神”ではありません。
「変毒為薬」---。
その要諦は、最初っから「甘味料」ではないという点。
その起点となる「人」との出会いが、私の福運だったと思います。

だから皆さん、辛口を言う人を持つと良いですよ(笑)
人生が開けるのです。

もっとも、
それを乗り越えられない“クソ頑固”な人は要注意です。
何か指摘されると「余計なひと言」を添えないと気が済まない人…、
そんな人、絶対に人生は「開き」ませんよ。

なんか、だんだんお説教みたいになりましたが(笑)、これも経験談です。
自分の頑固をコテンパンに踏みつぶされて、やっと気がつくぐらいまで、追い詰めて追いつめて、
はじめて一皮もふた皮もむけます(笑)
これで大成長です。

そこへ来て初めて、
満を持して「チャンス」が舞い込んできます。 やっと“切符”が得れます。
気が付けば、変わっていた自分。

「ああ、これか---」

“薬”の効き目は、あとからわかる。


さて---
こんな私が最後まで諦めなかった「原動力」に、今はただただ感謝なのです。
しがない薄給のサラリーマンですが、これもまたひとつの「夢の実現」であります。
美談にするほどのことではありませんが、
苦境にあった時、妻の支えがありました。
必死になって「応えたい」、私にはただそれだけでした。

ほんとうに今を感謝しております。
なおかつ、仕事で職務を遂行し、お給料を戴く身でありながらも
みな様から「ありがとう」「ご苦労様」と言ってもらえる職種ですから、これほど励みになるものはありません。

こちらこそ、
「ありがとうございます。」


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ハンディキャップは不幸です。 ええカッコは言わないよ、本当だから。
それでも、だんだん世の中も変わる。
だから自分も変わる---
その繰り返しで、
明日はきっといい日になる。


【2014/12/21 05:55】 | ◇人生観・福祉共生
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No title
Kasshini
緑/赤、この色は、補色関係と言われる色の中でも最も強烈な印象を与える色の組み合わせだからでしょう。実際に私はどぎつい印象があり、あまり好きではありません。それは人間の視覚が、赤と緑が最も強く感じるからだと記憶します。間違っていたらすみません。とりわけ真紅と深緑だった記憶が。
個人的には、この関係で好きな組み合わせは青とオレンジです。とても鮮やかに感じます。

私はこういう感覚はもっていないので、辛さそのものはわかりませんが、私も、生まれつき、後天的なものが組み合わさって、人一倍過敏なものもあれば、鈍感なところもあり、見ている世界、感じている世界の違いから、見えない壁を感じて見捨てられる不安と恐怖を両親に対しても感じることがあるので、その延長線上で、みてしまうのですが。
3.16以降、バイオレンスに泣かされました。そして去年、今年の秋、私が関わったネットの騒ぎも血肉になっています。具体的に書けば、村社会的な居心地の悪さであったり、家庭内暴力を受けて育つとわからなければ殴ればいいと学習してしまうことであったり。そのバイオレンスをした当事者から嘘つきと言われなければ、嫌なことはなさない、記憶の改ざん、他人のせいにしがち、自分の身を護るために欺く等、気づくことは、おそらくできなかっただろうと申し訳なさと感謝が入り混じった思いでいます。今も辛くないといえばウソですが、不思議と後悔はありません。ともに暮らす身内を隠れニートに追い込んだ原因かもしれない、献身的にしてきたつもりのことが、実は自分の身を守るための隠れた口実だったのだろうかとおもうときもありますが。先日こちらでリンクを貼った歌のような光景が目の前にあります。思春期のような感受性のまま20後半です。傷つきやすいけれども、それでも克服して、前に進むきっとできる、不思議とそう思えてきます。相変わらず、形を変えながら、気分のアップダウンにも泣かされますが、それでもめげずに歩んで行きます。

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