すぐ傍にあるしあわせ
今年もまた、「淀川わんどクリーン大作戦」に参加してきました!


■「淀川わんどクリーン大作戦」って何?---

ザックリ言えば国土交通省・淀川河川事務所が主催する、淀川河川敷の清掃ボランティア活動なのですが、
まぁ、先ずはこれ。

これなど、現地の様子をうまく伝えていますよ。

※クリック→「淀川わんどクリーン大作戦

2017わんど - コピー

毎年、民間企業のCSRの取り組みの一環として、企業あるいは有志で多々参加しています。
また、もちろん多くの個人参加の方も。
以下、私の勤め先のサイトではありませんが、イベントのあらましを詳しく紹介されていると思いましたので、抜粋して転載させて頂きます。

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(A社)
今年も「淀川わんどクリーン大作戦」に行ってきました。
「淀川わんどクリーン大作戦」は、7月の河川愛護月間の取組みです。
淀川河川事務所が主催し、淀川水系イタセンパラ保全市民ネットワークの協力を得て実施しています。
この取組みは、ラジオ番組の呼びかけから始まり、
淀川の貴重な環境を守っていくために一斉清掃を続けてきたということです。

この日、国土交通省職員、地元住民、民間会社等推定300人が参加し、淀川河川敷菅原城北大橋下に集合しました。
当社社員の参加者○○名です。
国土交通省職員からのご挨拶のあと、一斉清掃を行いました。
その後、淀川環境委員の河合先生による淀川に生息する従来魚と外来魚の状況や
実際捕獲した魚を披露した講演が開催されました。
また外来魚駆除として網を張って生息している魚を捕獲し、捕獲した外来魚の説明が行われました。
清掃活動を通じて淀川流域への改善意識・改善行動を感じ、環境保全への意識向上となりました。

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(R法人)
昨日は、淀川河川事務所(国交省)主催の淀川"わんど"クリーン大作戦が開催され、
公称400人もの市民ボランティアが水辺の清掃を行いました。
イタセンネットも、当初予定の活動日を前倒しして合流しました。
いつもならゴミ拾いに慣れた「環境保全クラブ」メンバーもゴミを見つけられないほど、
人海戦術というのは強力だと思い知らされました。

10時から1時間ほどの清掃活動の後、淀川の"守護神"と私が呼びたく思う
河合典彦先生が登場し、講演及び実演が城北ワンドの特設野外ステージで行われました。
淀川の河川回収の歴史から魚介類が生息する水辺環境保全に至るまで、淀川一筋に50年を伴にした人は居りますまい。

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■不思議さと、歴史と、魅力がいっぱいな〝わんど〟

ただ、この「わんど」という、おそらく全国の皆さんには聞きなれない名称だと思います。
この環境保全の取り組みについて、もう一歩踏み込めば、とても面白い淀川の歴史が見えてきます。

※参考資料 ( 〝わんど〟とは?)
淀川のわんど
ワンドを楽しむ


こちらは昨年のPR写真のトリミングですが、〝わんど〟の姿がよくわかる写真になっています。

2016わんど - コピー

先ほどのリンク先に淀川の歴史、わんどの歴史について解りやすく解説がありましたが、
私のほうからも、おもいっきりゆるい解説を(笑)---

 淀川は近畿の水瓶(みずがめ)と呼ばれる、日本最大の湖・琵琶湖(びわこ)から唯一流れ出る川です。
途中、いろんな支流からも合流し、大阪湾まで流れ出ます。
古くから、京の都と大坂を結ぶ水運の要でもあります。
近代(明治)になって蒸気船の運行にあたり、支障となったのが水深。
そこで明治政府は河川改修に挑みます。

 当時の淀川はかなり蛇行し、河川敷や大小いくつもの中州を含め、流域の幅もあり、
それに伴い流れも緩やかで、結果的に土砂が堆積しやすく浅い水深になっていました。
それまでの木造小型舟ではよかったものの、蒸汽船(川蒸気)の運行には向いていませんでした。

 そこでどんな方法でこの難題の解決のための河川改修をおこなったか?
先ずは、蛇行した川を「水制」を施し、意図的に「流れ」をコントロールするところから始めました。
流れをコントロールし、本流の土砂の堆積を排除することが狙いでした。

この写真がその姿です。

淀川の水制(わんどの原型) - コピー

それにしても、現代の浚渫(しゅんせつ)工事など用いることができない時代に、
こんな発想(=水制)でやろうってアイデア、スゴ過ぎです。

やがてその水制の先端に、本流から土砂が堆積し、やがて塊となり、水制は囲まれた池のような形になってゆきます。
これが〝わんど〟です。
主目的たる淀川の河川改修に伴う、人工的な副産物です。
しかしながら、そこには特筆すべき「授かり物」が出来たのです。---

その、周囲と隔絶された〝池〟は、独自の生態系を作り出してゆきます。
いわば、「ガラパゴス」状態。
やがてイタセンパラの生息地として大切な場所となってゆきます。

※イタセンパラは、天然記念物 (文化財保護法) と、国内希少野生動植物種 (種の保存法) に指定されています。
しかし現在は、外来種のブラックバスや、ブルーギルの影響などで、絶滅に近い状態にある魚です。


そのため、今ではいろんな環境保全の取り組みがなされています。
清掃活動もその一環ですが、在来種保護のための外来種駆除に加え、混入の防止、
また、物理的に水制の整備、補修など不断の努力も重ねられています。


■わんどクリーン大作戦に参加して

もう何回目の参加になったでしょうか、
最初は『何もこんなクソ暑い時期にやらんでもええんとちゃうん?』と思っていました(笑)
でもそんな愚痴も、何度も参加しているうち慣れっこになり、暑さ対策に自然と向き合っていました。
職業的に暑さに慣れているとはいえ、もうこんな年齢なんだし、油断はできません。
実は今年は初めて帽子をかぶって参加しました。意外でしょ?

もう慣れていて、実は複雑な〝中州〟の中の「けもの道」にも詳しくなってしまいました。
釣り人も多く、本流側ではなく、殆どが〝わんど〟側に竿を立てています。
殆どの人はマナーがあるとは思いますが、中には心ない人たちによるゴミの投棄があるのも事実です。
摩訶不思議なゴミもあったり、驚かされる事もあります。
暑い暑いとボヤキながらも、なんとなく頑張ってしまうものです。
多くの「戦利品」を目指し、一歩また一歩、奥へ奥へと歩きます。

終了後、リンク先にもあるように、「お勉強」の時間も。
淀川に架かる菅原城北大橋の橋ケタの下(屋根のような状態)は、まるで臨時のシンポジウム会場。
たいへんヨカッタです。


何か環境保全に貢献したい---
そんな人も多いかと思います。
社会貢献といえば大げさですが、いろんな扉を開けるのも大事なことだと思います。

地元には多くのそんなイベントがあるはずです。
とくに、自然と向き合う場所の場合、いろんな発見がありますので、写真を撮ったりしてみてはいかがでしょう?
もちろん、お掃除はしっかりと(笑)

お疲れ様でした。
また来年も来ます。


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【追記】

「地形散歩」という言葉をご存知でしょうか?

私は元々、地図を見るのが好きですし、
現在の地形が、以前はどうであったか?など、とても興味が湧きます。

こんな会にも一応、属しています。
大阪高低差学会
(あまり参加する時間が取れないのですが…)

普段、何気なく見たり通ったりするものも、昔は随分と違っていたりします。
そのルーツを知ること(探ること)には、とてもワクワクします。
最近は、それを訪ね歩き写真に撮ったりと、新しい楽しみが増えてきました。

今回のイベントの主眼は環境保全ですが、それはそれとして
淀川のルーツが満載の「わんど」に、その興味は尽きません。


でも、それもそれとして、
なんだか、イタセンパラを飼ってみたくなりました ヽ(^o^)丿(無理・笑)




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【2017/07/16 00:01】 | ◇日々徒然
|


上記は少し以前のTweetですが、
フリマ出店の一角に、障害者さんのブースが多々ありまして、
中には聴覚障害、あるいは聴覚と視覚の二重障害者さんのブースがありました。

フリマとしてのメイン商材は古書。 
しばし、足を止め、2~3冊物色。
店先に清涼飲料やビールなどの販売もやってるって感じ。

ちょうど昼食時だったんで、焼きそばと何かビールでもと思い、
近くに地ビールの大々的な出店(一般)があったのですが、これがまた高い(笑)
なんか一杯500円でアホらしくなったので、「缶ビールでいいや」と思いツカツカと寄ったのが、たまたまそこだったわけ。 

売り子さんも聴覚障害なんだけど、その奥に二重(盲ろう)障害の方が「釣銭係り」のような役目。
正直いって、売り子さんひとりで出来ること。 でも、少しでも何かに携わることが大切なんだね。
いっしょけんめいに手さぐりでお釣りを数えていらっしゃる。眼がしらが熱くなったよ。

なんとなくわかったみたいで、僕の補聴器---。
売り子さん、それに気づいたら、ちょっぴり悲しげな眼で見つめた。
僕? ぜんぜん大丈夫。
なんとか日常は暮らしている。
いろんなことはあるけど…。


『ありがとうございました』‐‐‐

いやいや、こっちが「ありがと」だよ。そう思った。
いろいろあって辛いこともあるけど、僕なんかマシだもん。
こうやって昼間っから祭りに来て、ビール飲んでるんだからね(笑)
どうせ買うなら、この人たちから買ってほんとうによかったよ。


ところで、たまたま録り溜めしていたTVドラマ「釣りバカ日誌2」を観ていたら、こんなCMが流れていて、
なんだか泣けてきて (バラエティ観ている途中なんだけどね) それをネットで探してみたら、これ。



図書館に通う少女と、女性図書館員とのふれあいを描く物語風CM。


特定の団体の機関紙CMではあるものの、完成度は高い。

観て頂ければべつに僕が解説しなくってもいいと思うんだけど、
最初、何のCMだか分らなかったんですよ。途中で「え?」となったんですよ。



少女は、とある図書館の常連さん。
図書館員の女性と少女とを繋ぐ「メッセージカード」。

あるとき、少女に付き添ってきたお母さんから「事実」を知る。
ひとり読み返す図書館員さん。想うことがあったみたい。
そして---

『ありがと』
『読書、楽しい?』
『たのしい』(手話)

コミュニケーションの、さらにその奥へ---





僕自身のこともあるし、
元々、子供たちのことは何につけ親目線になる性分だから。

うまく結論がでないけど、動画の感想は視た方々それぞれでいいと思う。
ただただ、大事にしたい動画だと思ったんだ。


お嬢ちゃん、 おっちゃんも本が大好きだ。


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※おススメ 【重松清】
最近、 「ブランケット・キャッツ」がドラマ化されましたが、これまでにも「とんび」「流星ワゴン」もよかったですね。
「とんび」は拙ブログでも一度取りあげたこともあります。

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【2017/06/05 00:01】 | ◇日々徒然
|
PPAPをご存じだと思います。
世界的大ヒットとなったピコ太郎さんの作品です。



「その時代」はピコ太郎(元々の芸名は、古坂大魔王)の登場には早すぎた。
音楽をベースに、独自のお笑いを目指す彼(古坂)は、仲間うちではとても面白い存在で有名でした。
しかし、売れることはなかった。
彼のこだわりに、「それではウケないよ、変えるべきだ」と、誰も諭したそうです。
実際、彼のトークは面白く、トークのお笑い全盛の時代にあって異彩を放っていました。
それでも一切を妥協せず、元々音楽も大好きだった彼は、音楽とお笑いの融合する芸にこだわった。

そんな彼を、同期の上田(クリームシチュー)は、自分で番組枠を買い取って(地上波ではないが)、
古坂を出演させ続け、少しでも顔を売らせようと支援した。

ある時、故・立川談志と番組で出会う。
ハチャメチャな談志師匠。
初めて会った瞬間、「こいつは凄いぞ」と思ったそうな。
「全然面白くないけど、凄いぞ」
よくわからない褒め方だった。

それ以来、何かあれば一門の催しに呼び、前座的なことをやらせたそうです。
だけども、ウケない。
ウケないどころか、客に「ね、面白くないでしょ」と、メチャクチャ。 「でも才能あるよ、彼」って。
全然客層の違うところ芸を磨かせた。
周囲が「それじゃウケないよ」と、ここでも言われながらも、「お前はこの芸のままでいいんだ」。

売れない時代はさらに続く。
とうとう古坂は「もうダメだ」と塞ぎ込んでいたころ、一通の手紙。談志師匠から。
「遊んでいるか」
謎の一文だけが書かれていた。
古坂はハッとした。何かが吹っ切れた。
これが転機となり、遊び心満載という、本来の芸に回帰する。
ピコ太郎、「PPAP」の誕生である。

(文:宮部蔵之介)




人生には、どうしようもない、まるで深海に沈み込んだ時代もあることだろう。
「いつになったら、俺は海面にでることができるのか」
過ごす時間は、途方もない時間に思えてくる。

桃栗三年、柿八年‐‐‐。 昔の人はよく言った。
私も聞かされた言葉です。

そんな人生にあって、どこかで転機となる出会いが。
私が思うに、
転機となるその出会いも、受けとめることのできる自分でいられるように、
そのための時間だってこと。
「変毒為薬」 (毒を変じて薬と為す。辛いことを幸せに変えてゆく) は、
そういうことなんだと、しみじみと思うのです。





こんな言葉を知りました。
「伏してぞ止まん」‐‐‐
意味は、「精いっぱい努力した上でもう一歩踏み出し、うつぶせに倒れるまでやめるな」 だそうです。

昨今、根性論は嫌われます(笑)
しかし、的をしっかりと、揺るがない努力を重なることが、かのPPAP秘話にも感じられます。


私には、そうして得られた職業があります。
どん底の暗闇の中で、周囲からは批判もありました。
でも、将来を見据え、家族もあったからこそ妥協できない一点があり、
それが原動力ともなったのです。

下記記事では、ご紹介する言葉のきっかけとは違う、別の悲しい出来事を伝えています。
しかし、一方で私の今いる場所も、ある意味そうした職業魂とは無縁ではありません。
私はそこに誇りを持ちます。

苦労の多い瞬間もあるけれども、
ここにたどり着いたことと、 「伏してぞやまん」との日々があるからこそ、今があると思っています。






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【2017/02/19 00:01】 | ◇日々徒然
|
久々の更新を、本年のラスト記事とさせて頂きます。 
(※要所、少し加筆しました。)

本年もこのような、たかがオッサンの書く記事に何度も目を通してくださった方、
また、公開/非公開コメントをくださった皆様、ろくにお返事もできないのにありがとうございました。

よくご覧いただいている皆さまにはご存知かと存じますが、Twitterもやっておりまして、そのTwitterのほうは、時事ネタばかりですし、とくに時間を縛られるものでもありませんし、言いたい放題でやっております。
(現在、250名超の方々にフォロー頂いております。ありがたいことです。)

一方、ブログのほうは、ある程度「作品性」を重んじる性格(ほんまかいな)ゆえに、安易な更新をヨシとしないでいますので(でっかく出たな)、実生活優先で、更新せずにまいりました。





さて、今年一年、職場では大きな変化がありまして、
記事でも触れましたが、転勤と昇格(昇進)で慌ただしく、かつ多忙で、
それでもって、充実した一年を過ごさせて頂きました。
(本年表彰:業績表彰、安全表彰、各1回)
支えてくれた家族に感謝しきりです。


思えば若き日より、無理を押してのハンデキャップに悩まされ、何年も頑張ってみたものの、ついにはギブアップ。
なんとか新しい道を、と転職を決意。 しかし、探せど探せど、100社に断られ、どん底の無一文へ。
アルミ缶拾いもやりました。
もうついには家族を食わせるために「保険金」を…とまで頭によぎった日々。
祈りに祈り、動きに動いてたどり着いた一筋の光。
非正規社員、そして正規登用へ、がむしゃらに走った日々がありました。

----あれから幾星霜。

一歩一歩やって、もう何年が過ぎたでしょうか。
今では随分と私もオッサンになり、後輩を指導する立場になっております。

あの頃よりも遥かに生活も楽になり、それでも生活の規模はそれほど贅沢にすることもなく、
相変わらず慎ましく生きております。
けっしてケチじゃありませんが、身の丈、そして大阪人らしく「安く手に入れた」ことをドヤ顔で誇る気質は、今も健在です(笑)

ええ、このあいだも
ちょっと腕時計が壊れたのでAmazonで新しく買いました。
そうです、いいでしょ!
これ、¥1500だったんですよ( `ー´)ノ
時計

これで十分。
そういう私、


今思うと、あれから何年も経って、生活が楽になって、
勿論、いちばんは家族を支えるために、そして将来に備えるために活かしてゆく---
そして私自身のことは、勿論後回しですけど、何がいちばん変わったかって言えば
「お昼の食事」でしょうか(笑)

あまり趣味も持たない (昔は持っていたんですけど、その後必死だったんで) 私には、
これといって何か(お金を)使うところもなくって(深酒も煙草もやらない)、結局は「ちゃんとした昼飯」にいちばん注いだかな?と。
ええ、とは言っても豪華な食事でもないし、普通の弁当です。(弁当が大好きです)
それでもその時の好きな弁当を、何も躊躇なく買える有難さは、昔を思えば本当に幸せなんですよ。

↓こういうの大好き(笑)  なんと¥360!
弁当、360円


一応、都会でちっちゃなマイホームと、小さな欧州車(夢だったんで)があります。
まぁそんなところです。物欲面では十分です。
あとは、身に着けるものは殆どもう何年も使っているものばかり。
スマホも格安SIM、ほんで流行りのiPhoneじゃありません。
十分じゃないですか、これで。
ひもじかった時代をけっして忘れません。


------ところで、きわめて私的な話ですが、
師走近くになって、我が家で「家族のひとり」が(具体的には控えさせていただきます)、手術を伴う大怪我を負いまして、
現在もなお療養中です。
仕事中に第一報を受け、その後の慌しい時間と日々を経て、今に至っております。
痛い思いをした本人がいちばん辛いわけですが、
不自由な状態でさぞやメンタル的にも辛いろうと、私も胸が痛みます。
まだまだ時間もかかるでしょうし、遅れを取り戻すのも大変です。
ですが、できうる全てをもって支えてゆこうと思います。
大怪我をしたことは不幸なのは違いありませんが、
それでも最悪のことを思えば、これはこれで仕方なかったのかなとも思えます。
万が一もあったわけですから。

いずれにしても絶対に治るわけです。心をポジティブに持ち、今をケアしてまいります。
一見、「不幸」に見えるかもしれないけど、(そりゃ、良くない出来事ですけど)
トコトンまで、つまり「取り返しのつかないところ」までは落ちないようになっているんです。(ここ大事)
また頑張ろうってキカッケを与えてもらった気がします。
ええ、未来は絶対に明るい。

人生いろいろなことがある。
いろいろあるからこそ、できること、わかることもある。
そういうものですね。私もそうだった。


さて、これを書いている時点で、あと今年も一日。
早いものです。

お正月は、元旦からしばし、地域のことを済ませ、
そのあと○日から一泊だけ近郊のホテルを予約しています。
そんなにめちゃくちゃ高いところじゃないんですが、何度かお世話になっています。
とくに何をするわけでもなく、早めにチェックインし、食事したり、家族でゆっくりしようと思います。
温泉じゃありません。
手術あとがありますし、完全にふさがっていないし、
衛生管理上、温泉は無理です。
勿論、歩けるんですが、寝床がいつもあったほうがいいし、ベッドじゃないと起き上がりにくい。
ですので、洋室。
ただただゆっくりと、食事したり景色(高層なので、夜景も綺麗です)を眺めたり、
そういった時間も必要じゃないのかなって思ったので。
ええ、(お金は)使うときにゃ、使いますよ(笑)


来年は、年明け早々からも多忙な日々が続くと思うし、責任も増す。
今までやってきたこと以上に、神経をとがらせてゆかないと。
いろいろ内示も受けているし、もしかしたら…ってのもある。

ネットどころじゃないよね、これじゃ(笑)
社会の中でどっぷり生きるって、それが普通なんだと思う。


---来年の抱負。

「エエかっこ」は言わない(笑)

先ず、健康第一 (維持し続ける。 ~一家のリーダーとして当たりまえ)
次に、経済第一 (必要分を必ず稼ぐ。 ~一家の大黒柱として当たりまえ)
それに、○心第一 (「一人前」の難しさ)

そして、きわめて個人的な目標。
「       」。
んなもん、ネットに書けるかいな(笑)
というわけで、今年の記事はこれでおしまい。
とくにテーマもなし、しょーもない記事でおま。
ただただ今は、一年の感謝を込めて。

ありがとうございました。
よいお年を。



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※追伸、

私の「ペンネーム」の由来について語ったことはなかったと思う。
一部に、揶揄や、バカにされたこともあったっけ(笑)

ヒドイ奴にゃ、こっちの思いも知らんと、
『宮部久蔵をもじりやがって、お前なんか「永遠のゼロ」ファンに謝れ』
なーんて書き込みも実際にやられた。

たしかに、あの映画の「宮部」姓を頂いた。
ただ、たぶん(ああいうヤツが)想像しているようなものじゃなくって、
映画の中で“宮部久蔵”が本当ににしたかったことは「家族のもとへ帰る」でした。
(天涯孤独の彼にとって、やっと手に入れた唯一の安穏が「家族」。)

平和を手に入れた現代人の僕らとて、
当たり前のように毎日が過ごせるとは限らない。
平穏無事とは、勝ち取ることでもある。
僕は毎日、絶対に家に無事に帰るんだ…って思いを込めたんだ。

仕事柄、危険もつきまとう。
無事故は勝ち取るもの。人材Gで教わったよね?
だからこそ、必ず帰るんだっていう思いを、揶揄されるほど僕は軽い思いで名乗っていない。
これだけは言っておくよ。

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【2016/12/31 00:01】 | ◇日々徒然
|
○○さんは既に定年されて、現在までの数年間は「嘱託」というお立場。
でも我が○○地区事務所では、その経験値から大きな戦力としてご活躍頂きました。
今までの部署や、担当職の違いはあれど、“業界”の大ベテラン。
私のお預かりする地区のメンバーとはいえ、実戦経験は勿論のこと、
ときに私への助言や相談事も含め、ときにご無理も申しあげ、たいへんお世話になりました。

されど○○さんは、契約満了を待たず、私事諸事情があり
惜しまれながら退職の時を迎えることとなりました。

私は、ささやかながら地区のメンバーで送別会をすることとし、準備をすすめてまいりました。
記念品のほうも、ひと工夫。
これからは、とくにご夫婦の時間も増えることですし、
お夫婦お揃い用に、とある陶器(焼き物)を産地の窯元に発注しており、数日前に出来上がってまいりました。
なかなか良いものですよ、我ながら (^O^)b

場所は事務所から少し遠いですが、北新地のとある和風のお店。
高いんちゃうか?と皆が若干見構えていましたが、好評でしたよ。
ええ、私が値段を考えないわけがない(笑)

で、肝心な送別会の中身も
いろんなお話しが飛び交い、御礼挨拶や笑い、あっという間に時間も流れて行きました。

----最後に、私が締めないといけません。
このメンバーとなって一年にも満たないとはいえ、
責任者として精一杯やってきました。
○○さんも、ひとりの大切なメンバーでした。
惜しむ心をおさえ、
短い駄文ではありますが、私なりに精一杯の心を込めて
言葉を用意させていただきました。

以下---。

...................................................................................

このたびは、長らくのお勤め、たいへんお疲れさまでした。
ここに集いしメンバー一同、あらためましてそのご功労に対し、
敬意を込めて「お疲れさまでした」と申し上げたいと思います。

約○○年という途方もない長きにわたり、「その道、一筋」に歩んでこられました。
いよいよ数日というある日、
しみじみと 『田舎から都会に来て、小さな体でよくやってきたほうかな』 とつぶやかれました。
学校の先生は、「お前がいちばん心配だ」 とおっしゃったそうです。

私と○○さんとの直接のご縁は、私が○○地区事務所へ異動になった時に、
ともに来たのがはじまりです。
3月からですから、僅かといえばそのとおりなのですが、
その誠実なお人柄、実直な仕事への姿勢はたいへん感銘すら受け、
私たち、のちに続くメンバーがお手本とすべきものを、体で示してくださいました。

ある意味、私がアクセル全開な時、
〇〇さんは安全ブレーキを踏んでくださるといったような面もあり、
「一歩立ち止まって考える」「基本をまもる」といった役割を示してくださりました。
また、〇〇さんはいつでも全力。なんでそんなに元気なの?といった方で、
身体機能では、むしろ私よりも若いのでは?といった感じでした。

あと一つ。
○○さんはこういった現場担当でありながら、結婚指輪を常に外しません。
○○さんらしく愛妻家の一面もみせてくれていました。

これから長年の仕事に一区切りを着けられるわけですが、
第二第三の人生ともいうべき、あたらしい出発に
我ら一同、暖かい拍手で送り出して差し上げたいと思います。

たいへんお疲れさまでした。
ありがとうございました。


...................................................................

愚直に進む
愚直に進む、目立たなくとも。
まさに、〇〇さんの人生だろう---







○○さんは涙を拭いていらっしゃったようです。(恐縮です)

これから○○地区事務所も、少し寂しくなります。
助言を聞く機会もなくなり、残念ではありますが
しっかりと受け継いでまいります。


---------宴がおわり、お店の外。

惜しむ姿が交錯する中、
○○さんは、今まで聞いたことがなかったような単語を連発!(笑)

私 『 ○○さん、 キャラ、ちゃうちゃう!(違う、違う) 』

皆 『 ○○さん、ドッカ~ンやなぁ、わははははは… 』


少し恥ずかしかった… けど(苦笑)

いい夜だったなぁ( ̄▽ ̄)




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※夏の法○でも、快く引き受けてくださいました。 感謝。



【2016/12/03 09:00】 | ◇日々徒然
|