すぐ傍にあるしあわせ
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レール
二本のレールが果たす役割に、妻と歩む人生を重ねる---



こんにちは、 宮部蔵之介ブログです。
ご訪問いただき、ありがとうございます。



昭和生まれで、根っからの浪速っ子、
大阪をこよなく愛してやまない、いたって普通の社会人、夫、父です。
現在、 50代を迎えました。


◆ひどい難聴で幾度も負けそうになったこともあります。
直接会話ならまだしも、第三者どうしの会話を正確に聞き取るのは厳しいです。

何が辛いかって、聞こえないこともさることながら
コミュニケーション上の誤解がほんとうに辛い。

補聴器は完璧ではありません。
よく、皆さんが誤解されるのは、
難聴にとって最も壁となることは、
「音量」の問題ではなく、「聞き取れるか」ということ。
いわば「判別」。

したがって、「ゆっくり喋ってもらう」ことが、いちばんありがたい。


◆眼もあまりよくないし、色覚異常で悔しいことも多々。

この色覚も、誤解や無理解が多いですね。
見えないことの仕組みが、まるで理解されていないことも多々。

何かと何かの色を使って、区別するような「表」なんかで、
【赤】と【緑】を組み合わせているなんて、最悪なんですよ。ほとんど判らない(笑)


紅葉の季節に生まれ、秋が大好きですが、
実際は紅葉の美しい色はまるでわかりません。

こんど生まれ変われるのなら、その美しさを観たり、
そして身体条件をクリアして、電車の運転士になりたいな(笑)


DSC_0080 - コピー
私と妻の散歩みち。


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【2021/03/11 00:00】 | *未分類
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タイトルを迷ったんだ。
タイトルが既にこの記事の結論。


---が、まだ伝えたいことがある。

先ず、この貴重な映像と、感動歌詞の動画をひとつ。




ある人が言ってた。
二万人死んだ・・・
違う、 「ひとりが死んだ」事件が二万件あったってことなんだ、って。

かけがえのない家族のひとりが亡くなり、
悲しみのどん底に突き落とされる・・・
そんな一つひとつの出来事を、「二万人死んだ」で束ねたくない。


この動画の、5分を過ぎた頃の一枚の写真を見てほしい。
実はこれ、新聞の記事になった写真だ。

幼い女の子が、自分で書いた一枚の傍で眠りについている。
読んでほしい。

そこには、「ままへ」で始まる----
この子の母親は、津波に流され帰っていない。
死の意味すらわからないこの子にとって、
ただひたすらに、母の帰りを信じ
母がいつも使っていた携帯電話を離さず、鳴るのを待っている。
「おげんきですか、いきているといいですね。」と結ぶ。

ひとつ
そして、またひとつ。
それぞれの物語が、何百件、何千件もの「ひとつ」なんだ。



どうしても親目線で見てしまう。
自分の命が散ることよりも、
残して逝くこと、
大切なものを断ちきられることの、
どうしようもない悔しさが、
きっとその子の親もあるんだとと思う。

突然の、何の前触れもなく。

誰しもが「日常」だったんだ。
その日常の上で、起こった出来事なんだ。


その「日常」の、やれることをやりたい。
自然災害だけじゃない。
突然の事故や、不注意、健康に関することだってそう。
だから、僕は自分の力でできることがあるなら、やるべきことをやる。
否、やらなきゃいけないんだ。
「必ず帰るんだ」----
そう、心に誓って。

僕はこの記事を目にして以来、
この切り抜きを、いつも仕事(通勤)の鞄に忍ばせている。
ほんとうの話だよ。
ほら、こうして今もある。 広げてみせようか。

P8030655.jpg


僕は毎日誓う。「必ず帰るから、無事故で」
いくつかの危険も伴う職業柄、無事故は勝ち取るものだと…。

できることは、
すべてやる。


誰だって無事に、
そして、
「あたりまえの毎日」がつづきますように-----。

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【2017/03/11 23:00】 | ◇人生観・福祉共生
|
時事、雑感。
先ずは某女性タレントが「出家」という、その出家先の教団の話から---。
主宰は大○総裁。「教祖」という位置づけだが、
特異なのは氏自身が事実上の「神」、 拝まれる対象だという事。
つまり、「現神人(あらかみびと」だ(そうな)。

たしか大○氏は東大卒、某商社マンを経て教団設立。
十数年前の話だが、入会に対し「ハードル」を設けていたと記憶する。
大○氏の著作を読んでレポートを課すというもの。
つまり、入会試験。
「そんじゃそこらの宗教とは違うよ」
「うちはインテリなんだ」…といわんばかりの説明があったように記憶する。
十数年前の話。

今はどうなっているかは知らない。
ただ、誰も彼もが「本を買えるのだろうか」という素朴な着眼点が抜け落ちている。
本来、人類救済というなら「本を買う」、あるいは「字が読める」という、経済的あるいは身体機能的にも(入会)ハードルを課すこと自体、宗教の風上にも置けない「上から目線」だと感じたし、「門前払い」もありうる。
これが皆さまにはどう映るだろうか。

その大○氏、「東大」をご卒業なさった背景に、今の感覚ではある程度の「家庭の経済力」がないと成し得ない。
また、その高学歴を殊更に強調していたのも気になる。
東大出身者はいくらでもいるが、そういう話ではない。
スタート時点における「格差」、つまり「教祖と信徒」という関係にある壁だ。

歴史上、高僧と呼ばれる名僧も、今でいう東大や公家武家の出であったりする。
仏像が「金ピカ」な理由も、遠い存在や格差があることを前提とした価値観である。
が、それに対し日蓮大聖人は真逆。そのような出身ではない。
そして池田先生も。

池田先生の出自に関し、ネットで邪推な憶測は飛び交っている。
が、仮にそのような出自であっても、それならそれで尚更である。
「人類救済」という、古今東西の宗教の本来あるべき大きな目的からすれば、
「救ってやる」ではなく、同苦と慈悲に満ちた行動に、「立派な出身」は不要である。

池田先生は公式には「富士短期大学卒」とある。
多くの学会員さんはご存じだが、それは、もともと苦学して得た学び舎の「のちの学校名」である。
同校設立後、〝卒業生〟であった池田先生に「卒業学位」を授けた。
先生は喜んでんでお受けになり、以後堂々と「同校卒」としている。

世の「名士」からすれば、「物足りない」とする感も拒めない。 が、「それでいい」。
苦労し、社会の底辺から生まれた人でないと、「人類救済」という大きな目的の道程に、 指導者本人そのものが耐えてゆけない厳しさが伴う。

かつて先生は夜間大学のメンバー「飛翔会」に大きな期待をよせてくれた。
「私も苦学した。皆さんは社会の柱になって頂きたい」(趣意)。
今も当時を思い起こすと涙が出る。苦しい時こそ、同苦の指導者の思いが心肝に染まる。


『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ』
(日蓮大聖人御書全集・1,143ページ・四条金吾殿御返事)



その陣列は、次の、また次の世代へとつながる。
それが創価学会の強みである。
そこを外せば、創価学会に未来はない。----





なお、同御文には、こうもある。
『ただ女房と酒うちのみて…』

夫婦円満の秘訣は「思いやり」であろう。
苦楽を共にし、ともに歩んだ歴史。
「また頑張れる」----
その裏付けは、いつもその絆である。

世の男性諸兄、
感謝の言葉は必ず口に出すよう、お勧めする。

二本のレールが果たす役割に、妻と私の人生を重ねるーーー
二本のレールが果たす役割に、妻と私の人生を重ねる----




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※なお、文中に挙げた某教団の、現在の入会規定が設立当時と変化があったかは存じ上げない。
それにしては、とくに私から触れる予定もありませんが、記事主旨からは過去事例として取り上げた旨、続報の省略をご容赦願いたい。





【2017/03/05 13:00】 | ◇論壇・主張
|
PPAPをご存じだと思います。
世界的大ヒットとなったピコ太郎さんの作品です。



「その時代」はピコ太郎(元々の芸名は、古坂大魔王)の登場には早すぎた。
音楽をベースに、独自のお笑いを目指す彼(古坂)は、仲間うちではとても面白い存在で有名でした。
しかし、売れることはなかった。
彼のこだわりに、「それではウケないよ、変えるべきだ」と、誰も諭したそうです。
実際、彼のトークは面白く、トークのお笑い全盛の時代にあって異彩を放っていました。
それでも一切を妥協せず、元々音楽も大好きだった彼は、音楽とお笑いの融合する芸にこだわった。

そんな彼を、同期の上田(クリームシチュー)は、自分で番組枠を買い取って(地上波ではないが)、
古坂を出演させ続け、少しでも顔を売らせようと支援した。

ある時、故・立川談志と番組で出会う。
ハチャメチャな談志師匠。
初めて会った瞬間、「こいつは凄いぞ」と思ったそうな。
「全然面白くないけど、凄いぞ」
よくわからない褒め方だった。

それ以来、何かあれば一門の催しに呼び、前座的なことをやらせたそうです。
だけども、ウケない。
ウケないどころか、客に「ね、面白くないでしょ」と、メチャクチャ。 「でも才能あるよ、彼」って。
全然客層の違うところ芸を磨かせた。
周囲が「それじゃウケないよ」と、ここでも言われながらも、「お前はこの芸のままでいいんだ」。

売れない時代はさらに続く。
とうとう古坂は「もうダメだ」と塞ぎ込んでいたころ、一通の手紙。談志師匠から。
「遊んでいるか」
謎の一文だけが書かれていた。
古坂はハッとした。何かが吹っ切れた。
これが転機となり、遊び心満載という、本来の芸に回帰する。
ピコ太郎、「PPAP」の誕生である。

(文:宮部蔵之介)




人生には、どうしようもない、まるで深海に沈み込んだ時代もあることだろう。
「いつになったら、俺は海面にでることができるのか」
過ごす時間は、途方もない時間に思えてくる。

桃栗三年、柿八年‐‐‐。 昔の人はよく言った。
私も聞かされた言葉です。

そんな人生にあって、どこかで転機となる出会いが。
私が思うに、
転機となるその出会いも、受けとめることのできる自分でいられるように、
そのための時間だってこと。
「変毒為薬」 (毒を変じて薬と為す。辛いことを幸せに変えてゆく) は、
そういうことなんだと、しみじみと思うのです。





こんな言葉を知りました。
「伏してぞ止まん」‐‐‐
意味は、「精いっぱい努力した上でもう一歩踏み出し、うつぶせに倒れるまでやめるな」 だそうです。

昨今、根性論は嫌われます(笑)
しかし、的をしっかりと、揺るがない努力を重なることが、かのPPAP秘話にも感じられます。


私には、そうして得られた職業があります。
どん底の暗闇の中で、周囲からは批判もありました。
でも、将来を見据え、家族もあったからこそ妥協できない一点があり、
それが原動力ともなったのです。

下記記事では、ご紹介する言葉のきっかけとは違う、別の悲しい出来事を伝えています。
しかし、一方で私の今いる場所も、ある意味そうした職業魂とは無縁ではありません。
私はそこに誇りを持ちます。

苦労の多い瞬間もあるけれども、
ここにたどり着いたことと、 「伏してぞやまん」との日々があるからこそ、今があると思っています。






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【2017/02/19 00:01】 | ◇日々徒然
|
久々の更新を、本年のラスト記事とさせて頂きます。 
(※要所、少し加筆しました。)

本年もこのような、たかがオッサンの書く記事に何度も目を通してくださった方、
また、公開/非公開コメントをくださった皆様、ろくにお返事もできないのにありがとうございました。

よくご覧いただいている皆さまにはご存知かと存じますが、Twitterもやっておりまして、そのTwitterのほうは、時事ネタばかりですし、とくに時間を縛られるものでもありませんし、言いたい放題でやっております。
(現在、250名超の方々にフォロー頂いております。ありがたいことです。)

一方、ブログのほうは、ある程度「作品性」を重んじる性格(ほんまかいな)ゆえに、安易な更新をヨシとしないでいますので(でっかく出たな)、実生活優先で、更新せずにまいりました。





さて、今年一年、職場では大きな変化がありまして、
記事でも触れましたが、転勤と昇格(昇進)で慌ただしく、かつ多忙で、
それでもって、充実した一年を過ごさせて頂きました。
(本年表彰:業績表彰、安全表彰、各1回)
支えてくれた家族に感謝しきりです。


思えば若き日より、無理を押してのハンデキャップに悩まされ、何年も頑張ってみたものの、ついにはギブアップ。
なんとか新しい道を、と転職を決意。 しかし、探せど探せど、100社に断られ、どん底の無一文へ。
アルミ缶拾いもやりました。
もうついには家族を食わせるために「保険金」を…とまで頭によぎった日々。
祈りに祈り、動きに動いてたどり着いた一筋の光。
非正規社員、そして正規登用へ、がむしゃらに走った日々がありました。

----あれから幾星霜。

一歩一歩やって、もう何年が過ぎたでしょうか。
今では随分と私もオッサンになり、後輩を指導する立場になっております。

あの頃よりも遥かに生活も楽になり、それでも生活の規模はそれほど贅沢にすることもなく、
相変わらず慎ましく生きております。
けっしてケチじゃありませんが、身の丈、そして大阪人らしく「安く手に入れた」ことをドヤ顔で誇る気質は、今も健在です(笑)

ええ、このあいだも
ちょっと腕時計が壊れたのでAmazonで新しく買いました。
そうです、いいでしょ!
これ、¥1500だったんですよ( `ー´)ノ
時計

これで十分。
そういう私、


今思うと、あれから何年も経って、生活が楽になって、
勿論、いちばんは家族を支えるために、そして将来に備えるために活かしてゆく---
そして私自身のことは、勿論後回しですけど、何がいちばん変わったかって言えば
「お昼の食事」でしょうか(笑)

あまり趣味も持たない (昔は持っていたんですけど、その後必死だったんで) 私には、
これといって何か(お金を)使うところもなくって(深酒も煙草もやらない)、結局は「ちゃんとした昼飯」にいちばん注いだかな?と。
ええ、とは言っても豪華な食事でもないし、普通の弁当です。(弁当が大好きです)
それでもその時の好きな弁当を、何も躊躇なく買える有難さは、昔を思えば本当に幸せなんですよ。

↓こういうの大好き(笑)  なんと¥360!
弁当、360円


一応、都会でちっちゃなマイホームと、小さな欧州車(夢だったんで)があります。
まぁそんなところです。物欲面では十分です。
あとは、身に着けるものは殆どもう何年も使っているものばかり。
スマホも格安SIM、ほんで流行りのiPhoneじゃありません。
十分じゃないですか、これで。
ひもじかった時代をけっして忘れません。


------ところで、きわめて私的な話ですが、
師走近くになって、我が家で「家族のひとり」が(具体的には控えさせていただきます)、手術を伴う大怪我を負いまして、
現在もなお療養中です。
仕事中に第一報を受け、その後の慌しい時間と日々を経て、今に至っております。
痛い思いをした本人がいちばん辛いわけですが、
不自由な状態でさぞやメンタル的にも辛いろうと、私も胸が痛みます。
まだまだ時間もかかるでしょうし、遅れを取り戻すのも大変です。
ですが、できうる全てをもって支えてゆこうと思います。
大怪我をしたことは不幸なのは違いありませんが、
それでも最悪のことを思えば、これはこれで仕方なかったのかなとも思えます。
万が一もあったわけですから。

いずれにしても絶対に治るわけです。心をポジティブに持ち、今をケアしてまいります。
一見、「不幸」に見えるかもしれないけど、(そりゃ、良くない出来事ですけど)
トコトンまで、つまり「取り返しのつかないところ」までは落ちないようになっているんです。(ここ大事)
また頑張ろうってキカッケを与えてもらった気がします。
ええ、未来は絶対に明るい。

人生いろいろなことがある。
いろいろあるからこそ、できること、わかることもある。
そういうものですね。私もそうだった。


さて、これを書いている時点で、あと今年も一日。
早いものです。

お正月は、元旦からしばし、地域のことを済ませ、
そのあと○日から一泊だけ近郊のホテルを予約しています。
そんなにめちゃくちゃ高いところじゃないんですが、何度かお世話になっています。
とくに何をするわけでもなく、早めにチェックインし、食事したり、家族でゆっくりしようと思います。
温泉じゃありません。
手術あとがありますし、完全にふさがっていないし、
衛生管理上、温泉は無理です。
勿論、歩けるんですが、寝床がいつもあったほうがいいし、ベッドじゃないと起き上がりにくい。
ですので、洋室。
ただただゆっくりと、食事したり景色(高層なので、夜景も綺麗です)を眺めたり、
そういった時間も必要じゃないのかなって思ったので。
ええ、(お金は)使うときにゃ、使いますよ(笑)


来年は、年明け早々からも多忙な日々が続くと思うし、責任も増す。
今までやってきたこと以上に、神経をとがらせてゆかないと。
いろいろ内示も受けているし、もしかしたら…ってのもある。

ネットどころじゃないよね、これじゃ(笑)
社会の中でどっぷり生きるって、それが普通なんだと思う。


---来年の抱負。

「エエかっこ」は言わない(笑)

先ず、健康第一 (維持し続ける。 ~一家のリーダーとして当たりまえ)
次に、経済第一 (必要分を必ず稼ぐ。 ~一家の大黒柱として当たりまえ)
それに、○心第一 (「一人前」の難しさ)

そして、きわめて個人的な目標。
「       」。
んなもん、ネットに書けるかいな(笑)
というわけで、今年の記事はこれでおしまい。
とくにテーマもなし、しょーもない記事でおま。
ただただ今は、一年の感謝を込めて。

ありがとうございました。
よいお年を。



.......................................................................

※追伸、

私の「ペンネーム」の由来について語ったことはなかったと思う。
一部に、揶揄や、バカにされたこともあったっけ(笑)

ヒドイ奴にゃ、こっちの思いも知らんと、
『宮部久蔵をもじりやがって、お前なんか「永遠のゼロ」ファンに謝れ』
なーんて書き込みも実際にやられた。

たしかに、あの映画の「宮部」姓を頂いた。
ただ、たぶん(ああいうヤツが)想像しているようなものじゃなくって、
映画の中で“宮部久蔵”が本当ににしたかったことは「家族のもとへ帰る」でした。
(天涯孤独の彼にとって、やっと手に入れた唯一の安穏が「家族」。)

平和を手に入れた現代人の僕らとて、
当たり前のように毎日が過ごせるとは限らない。
平穏無事とは、勝ち取ることでもある。
僕は毎日、絶対に家に無事に帰るんだ…って思いを込めたんだ。

仕事柄、危険もつきまとう。
無事故は勝ち取るもの。人材Gで教わったよね?
だからこそ、必ず帰るんだっていう思いを、揶揄されるほど僕は軽い思いで名乗っていない。
これだけは言っておくよ。

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【2016/12/31 00:01】 | ◇日々徒然
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