すぐ傍にあるしあわせ
レール
二本のレールが果たす役割に、妻と歩む人生を重ねる---



こんにちは、 宮部蔵之介ブログです。
ご訪問いただき、ありがとうございます。



昭和生まれで、根っからの浪速っ子、
大阪をこよなく愛してやまない、いたって普通の社会人、夫、父です。

現在、 50代を迎えました。


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私と妻の散歩みち。


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【2021/03/11 00:00】 | *未分類
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上記は少し以前のTweetですが、
フリマ出店の一角に、障害者さんのブースが多々ありまして、
中には聴覚障害、あるいは聴覚と視覚の二重障害者さんのブースがありました。

フリマとしてのメイン商材は古書。 
しばし、足を止め、2~3冊物色。
店先に清涼飲料やビールなどの販売もやってるって感じ。

ちょうど昼食時だったんで、焼きそばと何かビールでもと思い、
近くに地ビールの大々的な出店(一般)があったのですが、これがまた高い(笑)
なんか一杯500円でアホらしくなったので、「缶ビールでいいや」と思いツカツカと寄ったのが、たまたまそこだったわけ。 

売り子さんも聴覚障害なんだけど、その奥に二重(盲ろう)障害の方が「釣銭係り」のような役目。
正直いって、売り子さんひとりで出来ること。 でも、少しでも何かに携わることが大切なんだね。
いっしょけんめいに手さぐりでお釣りを数えていらっしゃる。眼がしらが熱くなったよ。

なんとなくわかったみたいで、僕の補聴器---。
売り子さん、それに気づいたら、ちょっぴり悲しげな眼で見つめた。
僕? ぜんぜん大丈夫。
なんとか日常は暮らしている。
いろんなことはあるけど…。


『ありがとうございました』‐‐‐

いやいや、こっちが「ありがと」だよ。そう思った。
いろいろあって辛いこともあるけど、僕なんかマシだもん。
こうやって昼間っから祭りに来て、ビール飲んでるんだからね(笑)
どうせ買うなら、この人たちから買ってほんとうによかったよ。


ところで、たまたま録り溜めしていたTVドラマ「釣りバカ日誌2」を観ていたら、こんなCMが流れていて、
なんだか泣けてきて (バラエティ観ている途中なんだけどね) それをネットで探してみたら、これ。



図書館に通う少女と、女性図書館員とのふれあいを描く物語風CM。


特定の団体の機関紙CMではあるものの、完成度は高い。

観て頂ければべつに僕が解説しなくってもいいと思うんだけど、
最初、何のCMだか分らなかったんですよ。途中で「え?」となったんですよ。



少女は、とある図書館の常連さん。
図書館員の女性と少女とを繋ぐ「メッセージカード」。

あるとき、少女に付き添ってきたお母さんから「事実」を知る。
ひとり読み返す図書館員さん。想うことがあったみたい。
そして---

『ありがと』
『読書、楽しい?』
『たのしい』(手話)

コミュニケーションの、さらにその奥へ---





僕自身のこともあるし、
元々、子供たちのことは何につけ親目線になる性分だから。

うまく結論がでないけど、動画の感想は視た方々それぞれでいいと思う。
ただただ、大事にしたい動画だと思ったんだ。


お嬢ちゃん、 おっちゃんも本が大好きだ。


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【2017/06/05 00:01】 | ◇日々徒然
|
タイトルを迷ったんだ。
タイトルが既にこの記事の結論。


---が、まだ伝えたいことがある。

先ず、この貴重な映像と、感動歌詞の動画をひとつ。




ある人が言ってた。
二万人死んだ・・・
違う、 「ひとりが死んだ」事件が二万件あったってことなんだ、って。

かけがえのない家族のひとりが亡くなり、
悲しみのどん底に突き落とされる・・・
そんな一つひとつの出来事を、「二万人死んだ」で束ねたくない。


この動画の、5分を過ぎた頃の一枚の写真を見てほしい。
実はこれ、新聞の記事になった写真だ。

幼い女の子が、自分で書いた一枚の傍で眠りについている。
読んでほしい。

そこには、「ままへ」で始まる----
この子の母親は、津波に流され帰っていない。
死の意味すらわからないこの子にとって、
ただひたすらに、母の帰りを信じ
母がいつも使っていた携帯電話を離さず、鳴るのを待っている。
「おげんきですか、いきているといいですね。」と結ぶ。

ひとつ
そして、またひとつ。
それぞれの物語が、何百件、何千件もの「ひとつ」なんだ。



どうしても親目線で見てしまう。
自分の命が散ることよりも、
残して逝くこと、
大切なものを断ちきられることの、
どうしようもない悔しさが、
きっとその子の親もあるんだとと思う。

突然の、何の前触れもなく。

誰しもが「日常」だったんだ。
その日常の上で、起こった出来事なんだ。


その「日常」の、やれることをやりたい。
自然災害だけじゃない。
突然の事故や、不注意、健康に関することだってそう。
だから、僕は自分の力でできることがあるなら、やるべきことをやる。
否、やらなきゃいけないんだ。
「必ず帰るんだ」----
そう、心に誓って。

僕はこの記事を目にして以来、
この切り抜きを、いつも仕事(通勤)の鞄に忍ばせている。
ほんとうの話だよ。
ほら、こうして今もある。 広げてみせようか。

P8030655.jpg


僕は毎日誓う。「必ず帰るから、無事故で」
いくつかの危険も伴う職業柄、無事故は勝ち取るものだと…。

できることは、
すべてやる。


誰だって無事に、
そして、
「あたりまえの毎日」がつづきますように-----。

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【2017/03/11 23:00】 | ◇人生観・福祉共生
|
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PPAPをご存じだと思います。
世界的大ヒットとなったピコ太郎さんの作品です。



「その時代」はピコ太郎(元々の芸名は、古坂大魔王)の登場には早すぎた。
音楽をベースに、独自のお笑いを目指す彼(古坂)は、仲間うちではとても面白い存在で有名でした。
しかし、売れることはなかった。
彼のこだわりに、「それではウケないよ、変えるべきだ」と、誰も諭したそうです。
実際、彼のトークは面白く、トークのお笑い全盛の時代にあって異彩を放っていました。
それでも一切を妥協せず、元々音楽も大好きだった彼は、音楽とお笑いの融合する芸にこだわった。

そんな彼を、同期の上田(クリームシチュー)は、自分で番組枠を買い取って(地上波ではないが)、
古坂を出演させ続け、少しでも顔を売らせようと支援した。

ある時、故・立川談志と番組で出会う。
ハチャメチャな談志師匠。
初めて会った瞬間、「こいつは凄いぞ」と思ったそうな。
「全然面白くないけど、凄いぞ」
よくわからない褒め方だった。

それ以来、何かあれば一門の催しに呼び、前座的なことをやらせたそうです。
だけども、ウケない。
ウケないどころか、客に「ね、面白くないでしょ」と、メチャクチャ。 「でも才能あるよ、彼」って。
全然客層の違うところ芸を磨かせた。
周囲が「それじゃウケないよ」と、ここでも言われながらも、「お前はこの芸のままでいいんだ」。

売れない時代はさらに続く。
とうとう古坂は「もうダメだ」と塞ぎ込んでいたころ、一通の手紙。談志師匠から。
「遊んでいるか」
謎の一文だけが書かれていた。
古坂はハッとした。何かが吹っ切れた。
これが転機となり、遊び心満載という、本来の芸に回帰する。
ピコ太郎、「PPAP」の誕生である。

(文:宮部蔵之介)




人生には、どうしようもない、まるで深海に沈み込んだ時代もあることだろう。
「いつになったら、俺は海面にでることができるのか」
過ごす時間は、途方もない時間に思えてくる。

桃栗三年、柿八年‐‐‐。 昔の人はよく言った。
私も聞かされた言葉です。

そんな人生にあって、どこかで転機となる出会いが。
私が思うに、
転機となるその出会いも、受けとめることのできる自分でいられるように、
そのための時間だってこと。
「変毒為薬」 (毒を変じて薬と為す。辛いことを幸せに変えてゆく) は、
そういうことなんだと、しみじみと思うのです。





こんな言葉を知りました。
「伏してぞ止まん」‐‐‐
意味は、「精いっぱい努力した上でもう一歩踏み出し、うつぶせに倒れるまでやめるな」 だそうです。

昨今、根性論は嫌われます(笑)
しかし、的をしっかりと、揺るがない努力を重なることが、かのPPAP秘話にも感じられます。


私には、そうして得られた職業があります。
どん底の暗闇の中で、周囲からは批判もありました。
でも、将来を見据え、家族もあったからこそ妥協できない一点があり、
それが原動力ともなったのです。

下記記事では、ご紹介する言葉のきっかけとは違う、別の悲しい出来事を伝えています。
しかし、一方で私の今いる場所も、ある意味そうした職業魂とは無縁ではありません。
私はそこに誇りを持ちます。

苦労の多い瞬間もあるけれども、
ここにたどり着いたことと、 「伏してぞやまん」との日々があるからこそ、今があると思っています。






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【2017/02/19 00:01】 | ◇日々徒然
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